53 旅は続く、辿り着く果てを目指して

「あれは……」

「ディランに頼んだ結果がもう出たか」

「ワールド様が何かを頼まれたのですか?」

 サータが不思議そうに尋ねる。

「ただの宣伝活動だよ。あいつは組合員リンカーの中でも顔が広い。行商を行うついでにこの村のことを広めてもらっただけさ」


 さらに別の旅人がやってくる。

「おお、ここだここだ。こんな陸でしか食べられない変わった魚料理があると聞いてやってきたのだが、本当かね?」

「へっ? 魚料理って、何のこと?」

 突然話しかけられたこと、さらに内容が理解できないことでグラが混乱していると、ぴんときたサータが代わりに答える。

「きっとサメ料理のことなのです」

「あ、ああ、それね。いやいやわかってたわよ!?」

 何故か強がってしまう彼女をよそに、サメ料理と聞いた旅人は驚きの声を上げる。

「サメか、さすがにそいつは食べたことがないな……で、どこで食べられるんだ」

「村の真ん中にある宿屋なのです」

「わかった、ありがとう」


「すごいのです。次から次にお客さんがやってくるのです」

「あのおじさんたちもこの村のことを触れ回ってくれているのかしら」

 意外そうな声を上げる。

 意外と言えば意外だが、しかし彼らなりにこの村のことを考えてくれているのかもしれない。

 再び会うことがあるならば、お礼の一つくらいは述べようと心に留めた。


「……あの。ありがとうござました」

 リリーは改めて三人に深くお辞儀して感謝の言葉を述べる。

「正直、ウェンディと二人でこの村を抜け出すのも悪くないって思っていました。だけど、それを思いとどまらせてくれて、まったく新しい生き方を教えてもらって、これで良かったって想います。……大人たちはもっと大変かもしれないけれど」

「何言ってんの、子供がそんなこと心配しなくたって良いわよ」

「そうなのです。サータのように自由に生きると良いのです」

「アンタはちょっと自由すぎるわ」

 サータの頭をコツンと叩く。

 フードだけが揺れ、実際には頭に当たっていないがサータは痛がるふりをする。

 そんなくだらないやり取りを見てリリーが小さく笑う。


「あー、リリーちゃんがようやく笑ってくれたのです」

「えっ」

「ああ。やはり『聖女様』は笑顔が似合う。笑っている方が可愛いな」

「そんな、私はもう聖女ではありません。……まあっ」

 頬に手を当て赤く染まった顔を隠す。

「ワールド様は放蕩芸術家なのです」

「ただの女たらしでいいわよ」

 二人のつぶやきは聞こえていないが、視線からなんとなく察したワールドだった。


「もう『天使』も『聖女』も居ない村ですが、それでもなんとか頑張っていきます」

 リリーは決意を新たにする。

 村長の娘ということもあり、多少なりと村の行く末について思うところはあるようだ。


「ところで、良かったのか? あの黄金のりんご、最後の一つだったのに」

 ワールドは昨日の出来事を思い出す。

「はい、きっとウェンディもそれを望んだでしょうし、少なくともこの村にはもう必要ありませんから」



 ――昨日、ワールドが作業に取り掛かる直前、ぬかるむ道を進む足音が響く。

「ああ、探しましたよ」

 それは村を出発しようとしていたロマンだった。

「最後に皆さんに挨拶を、と想いまして。ウェンディちゃんだけ見つからないのが残念ですが、もう時間になってしまいました」

 彼に昨晩の出来事を話すべきか考えていると、リリーが足元に落ちていた果実を拾ってロマンに手渡す。

「おや、これは……」

使です」

「はぁ……。りんご、のようですが黄色いというか、黄金色というか」

 ロマンはそれをまじまじと見つめる。

「変わった果物だろう。そいつを食べさせたら、きっとあまりの美味さに病気が治るかもしれんな」

 ワールドの言葉にハッとして、荷物の中にある資料に手を伸ばそうとする、がその手を止め、しばらく思考する。

 そして再び顔を上げる。

「――よろしいのですか。順番としては、お譲りしましたが」

 それは、何かを察したような、そんな低い口調。

「ああ。こちらは一足先にもらったよ。だから、次はあんたの番だ」

 ロマンはちらりとグラを見る。

 彼女の姿を、差している日傘を。

「では、ありがたく頂戴しましょう」

 そして深々と一礼する。


「もしも宿の娘さんに会ったら、こうお伝え下さい。『とても美味しいアップルパイをありがとう』と」 

「わかった。伝えておこう」

 なんら変わらぬ口調で答える。

 それが礼儀と言わんばかりに。


「……行ってしまわれました。あの、ワールド様」

「あいつがどこまで察したかはわからんが、……少なくとも、聖女の正体くらいは理解しただろうな。そして、この村にはもう聖女は居ないということも」

「……」

 リリーは黙ったままうつむいている。

 今にも泣きそうな様子を見かねたグラが、そっと後ろから抱きしめる。

「結局、悪い方ではなかったのですね」

「そうだな」

「なら、サータの見立ては間違ってなかったのです!」

「……そうだな」

 サータが向き合ってじっと見つめてくるので仕方無しにワールドは頭をなでてやる。

 まんざらでもないといった顔でそれを嬉しそうに受け入れる。

「……さて、もういいだろう。作業の邪魔だ、あっちにいけ」



 もしもあのりんごの種を蒔いたら、そこから育った木に実るのは、果たして何色の果実か。

 もはやそれを確かめるすべはなく、仮に芽吹いたところで。ずっと先の話となる。

 世界の終わりを嘆く天使信仰論者から言わせると笑われるかもしれない。

しかし、それが世界が終わらない希望の種となるのなら、育てるのもまた一興だったかもしれない。

 そんなことを思ってみた。

「育てるにしたって、普通のりんごで良いんです」

 リリーはそう言って微笑んだ。


 さらに次の旅人――腕章をつけた男たちはワールドの姿を見るなり駆け寄ってくる。

「おい、ひょっとして、ワールドじゃないか。こうして実際に会うのははじめまして、かな」

同業者リンカーか。お前たちも噂を聞きつけてやってきたのか」

「噂? 何を言っている。俺たちは地盤調査だよ。村の南方に大きな地割れがあるから駆けつけてみれば、なんとまあ、さらに巨大な地割れが出来てるもんだから、迂回してやっとここまで来たんだよ」

「……もしかして、一昨日の夜に?」

「まさか、な」

 大災害の前触れ?

 そんな馬鹿なと一笑したいが、否定できない。


 もう一人の組合員リンカーが思い出したように「そうだ」と口にして、ワールドに耳打ちする。

「お前の親父さんを見たって噂なら聞いたぜ」

 ワールドの目の色が変わる。

「……そいつはどこだ」

「そう怖い顔しなさんなって。ええっと――」



「次の目的地は決まっているのですか?」

 村を出発してしばらく経ち、ひと休憩と立ち止まってサータが問いかける。

「ああ。ここから南東の方角、もっと帝都寄りの町だ」

「そこにアンタのお父さんの目撃情報があるってわけ?」

「サータはどこへでも着いていくのです。ワールド様の赴くままに」

 相変わらずの様子でサータは笑ってみせる。

「ま、行くあてもないんだし、良いんじゃない」

 常にぶっきらぼうな態度を取るグラは、なんだかんだいって一度も反対したことはない。


「リリーちゃん、大丈夫かしら」

「あの子は強い子だから大丈夫なのです」

「なら、良いんだけど。あの村より世界の方が先に終わりそうね。あちこちで増えているんでしょう、小規模な『大災害』が」

 言葉に矛盾をはらんでいるような気もするが、実際にそう言われているので仕方がない。

「――終末なんて、訪れんさ」

「は? なんで言い切れるのよ」

「俺は俺のなすべきことを終えていないからな」

 本気か冗談かわからないほどいつもの態度で答える。

「世界はアンタを中心に回ってないっての」

「ワールド様至上主義。ええ、ええ、素晴らしい響きなのです」


「それよりお前、料理の腕は上がったのか」

「あっ、そうなのです! お姉さまは爆発させずに調理できるようになったのですか!?」

「今まで爆発させてことなんてないでしょ!? ふ、ふふん。そりゃあもう凄まじい上達っぷりよ」

「まあ、マイナスがゼロになったところでな」

「スタートラインに立ったのです」

「アタシの扱い酷くない? あの三人組のおじさんポジションなんてイヤよ!」

 べーっと舌を出す仕草。

 グラもすっかりいつもの調子を取り戻している。


「ほう、ならば今こそその成果を見せてもらおうではないか」

「楽しみなのです」

「えっ、う、うーん……それは夜までのお楽しみってことで……」



 他愛ないやり取りを繰り返し、彼らは今日も往く。

 終わりの瞬間が刻一刻と迫る中、その最後まで彼らは歩みを止めないのだろう。

 たとえその果てに待ち受けるものが何であろうと。


 彷徨芸術家は旅を続ける。

 滅びゆく世界の、美しき空の下で。

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滅びゆく世界の、美しき空の下で いずも @tizumo

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