46 朝の光に照らされて
翌朝。
太陽も昇りきらないうちにコバルトたちは宿を後にする。
「……む、なんじゃ。お主、起きておったのか」
「誰も見送りがないというのも寂しいだろうと思ってな」
しんと静まり返ったロビーに佇むはワールドただ一人。
「まさかワールド様はその若さで朝早くお目覚めに……」
「ええっ!? それじゃご主人さまくらいの年齢になったら昼夜逆転しちゃいますよっ。ご主人さまですら太陽より早く起きたりはしないのに」
「儂、ナチュラルにディスられとるよな? しかもサヨに」
「いいぞもっとやれ」
「煽るでない」
三人の軽妙なやり取りからは当初見かけたときの嫌味な雰囲気など想像もつかないほどに明るく楽しげである。
これこそが彼ら本来の旅のスタイルかもしれない。
……いや、当日の夜にはすでに垣間見えていたような。
「ま、タネを明かせばたまたま夜にあんたたちが精算しているのを見てたんだ。ならばきっと翌朝は早いのだろうと思っただけさ」
こともなげにワールドは言う。
そうはいっても、それを見かけたからといって本当に翌朝早起きして見送ろうなどど、普通ならしないだろう。
「海が恋しい、というのも本心でな。旅の目的は果たしたのだから、さっさと引き上げるのが得策だと思ってな。……悪い噂が広まらないうちに舞台から去るのも解決策の一つではある」
コバルトは本来聡い男である。
身の振り方をわきまえ、どのような行動が己の名誉を傷つけないか、理解している。
「さて、ではわざわざ儂らを待っていた理由を聞こうではないか。よもやよもや本当に旅の無事を祈るためなどとは言うまい」
「もしくは愛の告白、ですか」
「ふ、ふえぇ!? ま、まさかそんな。だ、誰にですか? 私なんてことは無いですし、ミントさん? ……まさかご主人さまにですかっ」
「くそっ、元気になったら儂をイジるようになったぞ! ミントの悪影響が出ておるな!」
「……話を続けていいか」
「手短にお願いします」
(誰のせいで……!)
コバルトの心の声が今にも聞こえてきそうになるが、それを制するようにワールドが話を続ける。
「なに、簡単な質問をさせてくれ。帝都に関わりがあるというサヨに一番聞きたいことだが、残りの二人にも問いたい」
ワールドの言葉に三人は耳を傾ける。
「――終末ってのは、本当にもうすぐやってくると思うか?」
「え、おじ様もう出発しちゃったんですか!? 最後に一汗かこうと思ったのに」
心底驚き、心底悔しそうな顔をしてサータは眉をひそめる。
実は彼女から逃げたかっただけなのではとも脳裏に浮かんだが、彼の名誉のためにそんなことは断じて無いだろうと自分に言い聞かせる。
「……? 何を頷いていらっしゃるのか、サータにはよくわかりません」
「ごちそうさまでした」
ワールドたち以外での最後の宿泊客、ロマンはいつものように食後のコーヒーを飲み終え、席を立つ。
ワールドの視線に気づいて彼らの方へと歩み寄る。
「昨日の話、本当に良いのか」
「もちろん。私の目的は聖女の力の真贋を確かめること。それは叶いましたから」
彼の言葉に裏の意図は読み取れない。
何かを隠しているように思えるのはワールドの勘ぐりすぎなのか。
まだ判断がついていないようだ。
「また近々、儀式の日取りについて案内があると思いますよ」
そう言うと、彼は日課にしている『流れ星』を探しに出かける。
「考えすぎか……?」
ワールドが口に手を当て思考を巡らせていると、キョロキョロと周囲を見回してサータが不思議そうに声を上げる。
「今日もウェンディちゃんが居ないのです」
その日の朝、調理場にて。
「よし、これで朝の仕込みはお終いだ。もういいよ。ま、ちょっとずつだけど上達していってるね。どうしようもない致命的な料理下手ってわけじゃなかったんだね」
そう言って、女将は豪快に笑ってみせる。
「もぅ、お母さん。おねーさんは真剣なんだよっ」
「なにいってんのさ。こっちだって真剣に評価してやってるんじゃないか」
「はい、ありがとうございます……。今日は昨日よりもダメにした数が少ないですからね……」
遠い目をしてグラがまるで生気のこもっていない声を出す。
成長というよりも被害を減らした、という表現が正しい。
「ねぇ、おねーさん。体の調子はどう?」
「えっ、いつも通りだけど……。私の味覚おかしい?」
想定外の答えに首をブンブン横に振る。
「そうじゃなくって、もっとこう全体的に元気が出たとかすこぶる快調とか、昨日と比べてみて変化はない?」
ウェンディは目を輝かせながらグラを見つめる。
彼女の求めている答えがわからず、困ったように笑う。
その様子に、ウェンディもまた困惑する。
「ええっと、やっぱり何か変なのかしら。味付けが濃い過ぎたのもそれが原因……?」
「違うわ、それはいつものおねーさん」
子供は時に残酷である。
グラの胸に突き刺さる一撃は確実に彼女を仕留める。
「そうじゃなくて、ううん、そうね。実際にやってみたほうが早いわ」
ウェンディはグラを勝手口まで連れ出す。
僅かに漏れ出す光すら忌み嫌うグラは一歩が重くなる。
「え、ちょ、ちょっとどうしたの!?」
「おねーさんはきっともう大丈夫なの。朝の光だってへっちゃらよ」
彼女は何を言い出すのか、まったく理解できないと頭の中が真っ白になる。
おかしくなったのか、いやしかしどう見ても正気である。
いかに子供の戯れと言っても、許容できることとできないことがある。
「いや、アタシはダメなのよ。光を浴びることがもう苦手っていうか」
「うふふ、それが大丈夫なのっ。きっともうおねーさんはその病気、治っているわ。ね、試してみましょ。朝の光を目一杯浴びて元気な姿を見てみたいわ」
白日のもとに身を晒すなどいつ以来だろう。
すでに微傘とともに歩むほうが長いかもしれない。
それが当然と思っていたのに、そんなことを言われてしまうと――
「ね、どう? おねーさん。……おねーさん?」
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