47 白日のもとに1

「リリーちゃんは居ますか!?」

 村長の家中に響くような大きな声が飛び込んだ。


「うん、お主は宿に泊まっている旅人じゃな。血相を変えてどうした」

「あ……えっと、サータさん」

 リリーが部屋の奥から顔を出す。

 まだ起きて間もないのか、少しまぶたは重たそうだ。

「リリーちゃん! 今すぐ来てほしいのです! 聖女の力が! お姉さまが!」



 宿屋にて。

「なぁ、ウェンディ。誰も怒らないから、何があったのか教えてくれないか」

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい…………」

 ワールドが優しく問いかけてもずっとこの調子だった。

「ちょっと、それじゃ何もわからないじゃないかっ!!」

「ごっごめんなさい……ごめん、なさい……」

「女将。今は声を荒げても解決しない。それより事実確認が――」

「い、いい、か、ら……。しばらくしたら、治る、から……ちょっと、うる、さ、い……」

 ベッドの上、意識を失い運ばれてきたグラはいつの間にか目を覚まし、消え入りそうな声で精一杯言葉を振り絞る。


 ワールドたちが朝食を終え一旦引き上げようとすると声を上げて泣きながらウェンディが助けを求めてきたのだ。

 言われるがままに彼女についていくと、宿の直ぐ側でグラが日傘も差さずに倒れているのを見つけ、急いで部屋まで運んできたのだった。

 それからウェンディはずっとこの調子で何を聞いても要領を得ない。


「リリーちゃんを連れてきたのです!」

 サータが戻ってくる。

 普段より声のトーンが高く、彼女も焦っている様子が伺える。

「…………」

 リリーはうつむき加減で表情も暗い。

 沈痛な面持ちでグラを、そしてウェンディを見つめる。

「……あたしら部外者は一旦外に出るよ。何か冷たい飲み物でも用意しておくさ」

 女将は泣きじゃくるウェンディを連れて部屋を後にする。

 嗚咽を漏らし、何か言いたそうではあるが全く言葉になっていなかった。


「……俺も外に出ていようか」

 聖女による治療がどのようなものか不明だが、男の自分がいることで不都合が起きても困ると思い、ワールドも部屋を後にする。

 そこからロビーに向かって歩いていると、ロマンが血相を変えて戻ってくるのが見えた。


「あ、ワールドさん。グラさんは大丈夫なんですか!?」

「……これから治療が始まるよ。ついさっき聖女が来てくれた」

 ほっと胸をなでおろす。

「そうですか、良かった。……あの、こんなときに何を言うのかと思うかもしれませんが――彼女は、グラさんは天使?」

 改めてロマンの口からその問いが聞かれることを、もしかしたら待っていたのかもしれない。

 ワールドは心穏やかに彼の目を見る。

「ああ、違う」

 こう答えれば彼はどんな反応を示すのか、確かめたかったのかもしれない。

 そしてその返事はある意味で予想外のものだった。


「ああ、それなら本当に良かった」

「……天使でないことが嬉しいのか?」

 研究者でもある彼にとって、天使が目の前にいるということは何よりも貴重なサンプルだと思っていたのに。

 不思議で仕方ない。

「ええ。そもそも彼女は天使足り得ないといいましょうか、天使にはなれないのですよ」

 それが当然の結論だと言わんばかりにこともなげに言う。

「天使にはなれない、とは?」

「『天使病』は比較的幼い子供に症状が現れ、何らかの特殊な力を得るということはご存知かと思います。この幼い子、というのにはとりわけ『健康的』であることが条件になっています。病弱な人間には天使病の症状が現れないということが私の研究で判明しました。グラさんのように体が弱い方は天使病の症状が現れない、もしくは現れていても消滅してしまうのです」

 天使『病』などと謳っておきながら、本当に病気の人間には発症しないとはなんともおかしな話である。

 健康な人間だけが罹る可能性のある病気。

 それはまるで天使になれる存在かどうか見極められているかのようだ。

 ――一体誰が。

 もちろん彼らには分かるはずもない。


「そしてもう一つ。彼女が天使でないのなら何の問題もないのですが」

 彼は勿体ぶることもなく、教師が生徒に教えるかのごとく声の調子を買えずに続ける。

「天使というのは複数が同じ場所に集まるとことが起こると私の研究結果でわかりました」



「リリーちゃん、どうでしょう? お姉さまを治せそうですか?」

 その問いかけに無言で触診を行いながら時々手を止め、また動かす仕草を繰り返す。

 苦しそうにうなされるグラは意識を失っているわけではなく、ただ弱い呼吸で息を漏らす。

「…………」

 何をしても反応は変わらない。

 ベッドの上に横たわる少女に手をかざし、体のあちこちを触って様子を見る。

 はたから見れば、医者の真似事である。


「リリーちゃん?」

 途中からピタッと動かなくなってしまったリリーを心配になりサータが声をかける。

 声や表情は落ち着いているが、内心は穏やかでないことは彼女の震える腕を見れば明らかだ。

 明らかだった。

 その震える腕が、リリーの肩に触れるまでは。


 手を触れた途端、サータの表情が一変した。

 明らかにリリーの方が震えているのだ。

 その顔は見えないが、もしも覗き込めば泣くのをずっと我慢していそうな、そんな状態なのが推測される。


「え……。あの、……」

 声をかけようとして、何を言えば良いのかわからず口が止まる。

 次第に震えは大きくなり、サータ自身に伝播して思わず肩から手を離す。

「…………さい」

「え?」

「ごめん……なさい……」

「えっ、えっ!?」

 突然涙を流して許しを請う少女の姿にサータは混乱する。

「ごめんなさい、ごめんなさい…………!」

「ちょっと、リリーちゃんまで謝らないでください! お姉さまはそんなに重症なのですか……?」

「違うの、違うんです…………」

 顔を横に振り、涙が飛び散る。

 取り乱したその様子から、サータも覚悟を決める。

「違っていうのは、何がでしょうか」

 リリーは呼吸を整え、右腕で涙を拭いながら呟いた。


「何も、わからないんです。――私は、から」

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