45 黄金の果実
「お兄さんたちが言ってたよ。おねーさんはお日様に弱くて出歩けないって。だからそれを治してあげたいの」
「……そう、うん。その申し出はありがたいけど、やっぱり無理よ。医者だってさじを投げた原因不明の不治の病だもの。こればかりはどうにも――」
「もう! そんな人のために聖女の力があるんじゃない」
ウェンディの言葉は強く、聞き分けのない子供を叱るかのような口調だった。
「どんな病気だって治せるのよ」
「どんなって……」
「もしかしておねーさん、信じてない?」
ウェンディの表情が曇る。
「い、いやいやそんなことないよっ。ただね、ただ、うん。もしもそれで治らなかったらって思ったら、ちょっと怖いかなって」
「おねーさんは案外怖がりなのね。ううん、でも、わかるわ。もし、上手くいかなかったらって思うと不安で眠れないもの。ずっと悩んで悩んで、気持ち悪くなって倒れそう」
「ウェンディちゃんは何でも猪突猛進って感じだと思ったけど、ちゃんと考えているのね」
「あっ、おねーさん私には悩みなんて無さそうって思ってたのね。ひどーい!」
頬を膨らませる仕草があどけなさを感じさせて可愛らしい。
「あはは、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど。ただ、何ていうのかしら。何でも上手くいっているときって、上手くいかなかったときのことを考えていないのよ。むしろ目をつぶって見ないようにしているのかしら。だからわざわざ冒険しなくても、現状を維持できたらそれでいいのにって思っちゃうのよ。それって臆病者ね。アタシは臆病者なのよ」
「あ――ごめんなさい。私はおねーさんの今までのこと、なんにも知らずに……」
「いいのいいの、本当のことだから。だから何事にも真っ直ぐなウェンディちゃんが羨ましかったの。そうね、そんなウェンディちゃんが言うんだったら上手くいきそうな気がするし、頑張ろうかしら」
「ホントに! やったぁ」
ニッコリ笑うウェンディは本当に嬉しそうで、グラにも笑顔が伝染る。
「ああ、もう待ちきれないわ……順番を守らないなんて本当はいけないことだけど、おねーさんには早く病気を治してあげたいから特別よ。ねえ、こっちに来て」
そう言うとグラの手を掴み、闇夜を駆け出す。
突然の行動に驚きつつも持ち前の運動神経で転ばずに連れ立つ。
彼女が目指した先は、ついさっきまで居たであろう自分の畑だった。
「? どうしたの、ここに何があるって……ととっ」
ウェンディは慣れた道を次々と進んで奥へと向かう。
流石に暗い道で途中ぬかるみもあるような畑の中を同じようには走れず、歩みも遅くなる。
「あっ、ごめんなさい。ついついクセで。あのね、畑を越えた先にアップルパイに使うりんごの木があるの」
昼間、被害者も居なければ当然犯人も居ない誘拐劇が繰り広げられたりんご畑に出る。
「すごい……こんな大きなりんごの木がたくさん……」
星明かりを覆い隠すほどの木々が連なるりんご園。
あちこちで赤々とした実がなっており、無尽蔵に生えているのではと思えるほど。
毎日大量のアップルパイが作れるのも納得だとグラは一人感心していた。
「えーっと、どこだったかしら……」
ウェンディは一人奥へと進む。
「え、ちょっ」
りんごの迷路は一人で挑むには無謀すぎる。
グラも必死でウェンディに遅れを取らないよう追いかけるのだが、はりすぐに見失ってしまう。
目は慣れてきたので問題ないが、先往く自由な案内人を探すのは一苦労である。
立ち止まり、乱れた呼吸を整えて深呼吸。
僅かな隙間から覗いた空には微かに見えた流れ星。
「……ああ、もう。願い事なんてする暇もないじゃない」
暗き森の空にすぐに隠れた星の行方はわからない。
そんな風に憂いでいると、遠くからウェンディの声がこだまする。
「ああ、やっと見つけた。おねーさん、こっちこっちー!」
手招く方に進むと、少し開けた先には一際太くて大きな幹を持つりんごの木が普通の木に混じってぽつぽつと点在している。
その中でも異様な存在感を放つ木が一つ、グラの目にも明らかで大きく目を見開く。
木の大きさだけではない。
そこには、たった一つ。
赤く熟れたりんごに混じって黄金に光り輝くりんごが実をつけていたのだ。
「え、これって……」
星も隠れる闇夜の中、それだけは輝きを放ちランタンの灯りのように周囲を照らしていた。
「このりんごは特別なの。私が毎日毎日祈ってようやく生まれる、光り輝く黄金のりんご。ちょっと早いかもしれないけれど、おねーさんにあげるわ」
そう言って背伸びをしてようやく手が届く場所に生えていたその実を収穫すると、袖で汚れを拭き取ってグラに手渡す。
大きさも重さも他と何の違いもない。
違うのは、ただ黄金に輝くだけ。
「あ、ありがとう。えっと、これ」
「食べてみて!」
やっぱり。
そんな予感はしていたとそれを見つめる。
「目を瞑ればただのりんごよね……。あむっ……美味しい、ただのりんごね」
それは甘くてシャリッとした食感の、どこにでもよくある普通のりんごの味。
かじった跡を見ても黄色がかった白い実が顔をのぞかせるだけだった。
「走ったり暗い道で気が張ってたせいかしら。美味しくて一個そのまま食べちゃいそうね」
「良かった。残さず食べてね」
「うん……ごちそうさま。美味しかったわ」
「これはみんなには内緒ね。お母さんに叱られちゃうわ」
「ええ、わかった。ところでこれ――」
光り輝く道標が消えた後は、周囲を見渡しても闇、闇、闇。
いま来た道すら満足にわからないような空間に立たされているような感覚。
「帰れる、のよね?」
「もちろん。ひたすら歩き回ればいつか見知った道に出るはずよ!」
やはり猪突猛進なのでは。
そう思いつつ、彼女の機嫌を損ねないようあえて押し黙っていた。
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