44 辞退
食事を終えた後、ワールドは席を立ちロマンのもとへ向かう。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ちょうど良かった。私もお伝えしたいことがありまして」
二人は連れ立って奥へ歩いていく。
「これはチャンスね。ちょっと夜道を散歩してくるわ」
「お姉さま、ワールド様からお一人では危ないと」
「それはあの学者さんが怪しいからでしょ。アイツと一緒に居るんなら大丈夫でしょ。もしも何かあったら足止めよろしく。もう、すぐに戻ってくるから」
「うう……」
瞳をうるませながら見つめるサータをなだめながら、困り顔を浮かべるグラ。
軽くフード越しに頭を叩いて落ち着かせ、軽やかに外に出ていく。
「――あ、流れ星」
星に願いを。
そんな子どもじみたことはとうに卒業してしまった。
昔は目を輝かせながら空を見上げ、流れ星を見つけたら三回願い事を強く心の中で復唱する。
願いは叶わないと失望したのはいつの頃からか。
少し前の自分だったら、きっと妹に会いたいと願っただろう。
けれど、結局そんな願いごとは一度もお願いしなくとも、願いが叶った。
だったらやはり、星に願いを託す必要なんて無いのだ。
妙なところは嫌に現実的だ。
そんなことを考えながら、グラはそれでも夜空を見上げながら歩いていた。
もしも今なら、一体何を願うのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたら、前方から小さな人影がやってくる。
「あ、日傘のおねーさん」
「ウェンディちゃん。こんな夜遅くにどうしたの」
「私は明日の収穫のための下見といつものお祈り。本当は夕食の準備で食材を取りに行ったときにするんだけど、今日は間に合わなかったから。あのお魚……だったのかな? あれの下ごしらえとか、色々忙しくって」
「あー……そっか、アタシに教えながらだから大変よね、ごめんね」
申し訳無さそうにするグラに首を横にブンブンと振って否定する。
「そんなことないわ! おねーさんと一緒に料理するのとっても楽しいもの。お母さんに教えられてばかりだったから、誰かに教えるのって新鮮で面白いわ」
「ホントに? アタシ迷惑かけてない? 切り方間違えたり味付けミスったりして何度怒られたかわかんないくらいだけど、いつか女将さんにも負けない立派な料理が作れるようになるからね!」
「う、うーん……。うん……」
「良いのよ、そこは目を逸らすんじゃなくてはっきりと否定して良いのよ……」
わかっていた事実とは言え、ウェンディの優しさが逆にグラの心に突き刺さる。
「そうだ! おねーさんは聞いてる? お兄さんたちと約束したの。おねーさんの病気を治してあげるって!」
「……え?」
グラにはまだそのことは伝わっていない。
突然の話に動揺を隠せず言葉を失う。
宿屋にて。
「――本当に、見てないんだな」
「ええ。日がな一日空を眺めていましたが、全く。そもそも簡単には見られるものではありませんよ、『昼中の流れ星』なんて」
「そうか。……そうだな」
「私だってこないだの、宿の娘さんと村長さんの娘さんでしたか、あの二人が居なくなった日にたまたま観察していたら見つけたくらいですよ」
その日の流れ星の正体ははっきりしている。
ワールドの疑問はそれではない。
「夕方や夜にはこの村では流れ星がよく見かけられるようで、村人も当たり前の風景として捉えているようです。都会の方では流れ星なんて見られないのに、贅沢な話ですよ」
「……そうだな」
下手なことを言って足をすくわれないよう聞き役に徹する。
「そういえば、こちらに話があると言っていたが」
「ああ、そうそう。聖女様の件なんですけどね」
一体何を言われるのかと息が止まる。
「順番としては次は私なのですが、お譲りしようかと。私は辞退します」
「……どういうことだ?」
その申し出に理解が追いつかず顔をしかめる。
「最初にお話したように、私は『天使』の調査でこの村を訪れました。ですがもちろん聖女の力によって病気を治したい息子が居るのも事実です」
「そういえば、そんなことも言っていたな」
ずっと胡散臭い男だとばかり思っていたせいで、ワールドの中でその話はすっかり失念していた。
「流石に今から息子を急いで連れてくるわけにもいきませんし、聖女が本物であるとわかった以上、改めて治療をお願いしたらいいだけの話ですし。ですからここはワールドさんたちにお譲りしますとお伝えしたくて」
「あ、ああ……」
ロマンの言葉には裏があるのだろうか。
そんなことを考えてもみたが、これといって利があるわけでもない。
むしろ天使の研究を第一とするのなら、実際に聖女の力を目の前で見たいとすら思うだろうに。
考えても彼の意図が理解できないと思考を巡らせるワールドの心を感じ取ったか、ロマンが続ける。
「私はたとえ目の前に天使が居たとしても、それを研究対象としてみなしたりするような人間ではありませんよ。安心してください」
「……ああ」
その言葉が逆に怪しさを生むのだと、彼は理解していない。
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