41 とまり木に羽休め
「ねえ、ねえ。村の外のこと、もっと教えて。こんな風に自分の聞きたいことを自由に聞ける立場ではなかったから、気になることばかりなの!」
「ええ、もちろん。外の世界はもっと楽しくて、不思議に満ちていて、それでいて自由なんですよ」
ただし、それと同じくらい恐ろしくて見たくないものもまた蔓延しているのだけれど、と心の中だけで呟く。
そんな談笑している二人の姿が見えた。
ワールドたちが再びサヨとリリーのところに出向いた時に見えた光景だった。
「っ! な、何度来たって同じです。それ以上近づかないでください!」
「早まってはいけません、サヨ」
「そうです! 今ならまだ許してもらえるはずなのです!」
迫真の演技を続ける二人。
誘拐犯を説得するシーンといえば緊迫した状況だが、人質が誘拐犯と談笑しているところに割り込んで二人を引き離そうとしていることを考えると、こちら側が悪者気分である。
「なぜこうも緊張感を自分から作りに行くのかね!? 全く儂には理解できんのだが」
「……もう少し右側に……」
「ええい紙とペンを持つな! 描き始めるな! 配置に駄目だしするでないっ!」
コバルトは実は自分の感覚がおかしいのではないかと疑いを持ち始めた。
が、瞬間におかしいのはこいつらだと正常性を取り戻す。
「お前ら、遊んでいる場合ではないだろう。おい、お前も落書きをするために出直してきたわけではないだろうが」
「落書き、ね。まぁ否定はしない。こいつを作り上げる集中力に比べたら、今は落書きレベルだからな」
ワールドが懐から小さな円柱状の木切れを取り出す。
片手で持てる程度の、細い木の幹くらいの太さで、途中に一本小さな枝が伸びている。
その先には葉っぱがついているがそれらもすべて木製で、底は立てておけるように平らになっている。
木彫りのそれを見た途端、サヨの目の色が変わる。
「それっ! 『とまり木』が、なんで!?」
リリーの肩越しに身を乗り出してサヨが叫ぶ。
「作ったのさ。記憶を頼りに見様見真似でね。この村に来る途中で出会った帝都からの旅人が見せてくれたものを思い出しながら、なんとかな」
一度引き上げてから急いでディランの元を再訪して、とまり木を取り扱っていないか訪ねた。
商品自体は持っていないが、原材料となる楓の枝はあったのでそれを加工したのだ。
一度見たものを完璧に記憶できるほどの力は無いものの、それに近いことは可能である彼にとって、『とまり木』の再現はそれほど難しくなかった。
ワールドは二人に一歩ずつ近づいていく。
最初は警戒して後退りしようとしたサヨだったが、後ろの木が邪魔したこと、そしてリリーがサヨの腕をぎゅっと掴んで離さなかったので、観念してワールドの到着を待った。
「聞かせてもらったよ。あんたも天使信仰の信奉者――いや、その被害者と言っても良いのかもな。今でもとまり木を求めているってことは、天使信仰自体が嫌になったわけじゃあないんだろ」
そっととまり木を手渡す。
最初は弱々しく触れていた手にも次第に力が入り、それを頬に寄せて祈るように目を瞑る。
「ああ……ああ…………。これが、これこそ、私の求めていたもの、です……」
はらりと。
溢れた涙は頬を伝い、とまり木を濡らした。
「……帝都における天使信仰は強迫観念のように人々の心に深く根付いています。私くらいの世代だと生まれたときから世界の終わりについて教えられ、天使を信仰することで救われることを信じて疑わずに育ってきました。帝都から逃げ出しても――天使信仰からは逃げられません」
「別にいいじゃないか。習慣ってのは無理に変えられるものでもない。お前が天使を信仰するのと同じように、ここの村人は毎日アップルパイを食べる。そこに違いなんて無いのさ」
ぐるりと生い茂ったりんごの木々を見渡して、再びワールドがサヨに語りかける。
「ウェンディならきっと『アップルパイを食べれば元気になるわ』って言うんだろうな」
その時。
背後から呼びかける声が聞こえた。
「おーいっ」
噂をすればなんとやら。
ウェンディが駆け足でこちらに向かってくる。
「ウェンディちゃん。どうしたのです?」
「こっちは一段落ついたから、リリーが心配になって来たのよ! ねえ、大丈夫!?」
周囲の様子からしてあまり緊迫した状況ではないため、息を整えながらも頭にはてなマークが浮かぶ。
「終始緊張感のない現場だったが、この娘まで来てはそんなもの生まれまい」
諦めたようにコバルトが言うが、その様子はどこか安堵したようにも見える。
「ねえ、サヨさん。戻りましょう?」
リリーの言葉に微笑みながらゆっくりと頷く。
被害者のいない誘拐劇はここに幕を下ろした。
「――ああ、そうでした」
リリーが再びサヨに語りかける。
「村の外のお話、とても魅力的で楽しかったです。どんな世界が広がっているか、とても気になりました。ですが」
視線をウェンディに移す。
「私を探しに追いかけてくれる人がいるから、その人を裏切るわけにはいきません」
天使のように微笑んだ。
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