39 聖女捜索

「まずはあの馬鹿を見つけ出さねばなるまい。村中走り回ってきたというのに、再び駆け巡ることになろうとは」

 コバルトが大きくため息をつく。

「しかし、先日の件があってまたこれだ。あまりおおっ広げに探し回ると変な噂が立ちかねない。君たちもそれは不本意だろう。くれぐれも内密に頼む」

 村長の言うことも一理あると、誰も口を挟まない。


 それぞれが別れてリリーの捜索に向かう。

 ワールドとサータは共に、グラは宿に戻ってくるかもしれないという体で留守番を頼んだ。

「みんなで行くの? だったら私も」

「ウェンディは鍛え甲斐しかないこいつに料理の基礎中の基礎から教えてやってくれ」

「その言い方!」

「ふふっ、わかったわ。おねーさんにとっておきのアップルパイの作り方、教えてあげる」

「えっ、い、いやー、その、アタシにはまだちょっと早いかもって言うか……」

 張り切るウェンディのモチベーションの矛先をグラに向けさせ、その隙に二人は外に出る。


「さて、いったいどこから探したものか」

「こないだのウェンディちゃんたちが居たところ、ってのは流石にないですか」

「あの場所に行こうとしたら一人分の小さな抜け穴を通る必要があるからな。ちょっと考えにくい」

「うー……。あの気弱そうなメイドさんが隠れそうな場所……思い付かないのです。そもそも白昼堂々人さらいとか、大胆不敵にも程があるのです」

「確かにな。あのミントとかいう侍女も得体が知れないが、サヨという方はそもそも関わりが薄かったからな。人となりがまずわからん」

「得体が知れなくて悪うございましたね」

 背後から冷たい視線と声が突き刺さる。

 振り返ると、いつもの顔でミントが立っていた。


「何を言う。得体が知れないというのはある意味で褒め言葉だぞ。芸術というのは底が知れてはお終いだ。まだ追求するべく美がそこにある。凍てついた表情の奥に潜む感情が昇華される瞬間とはどのような時か、その一瞬を描き出すというのも此れまた芸術なり」

 ワールドの力説に若干、いやかなり引いている。

「あの、この方は何をおっしゃっているのでしょうか。よもや私は口説かれているのでしょうか」

「んなっ! そ、そんなことはないのです。ワールド様は自分の審美眼に絶対の自信を持ち、そのお眼鏡にかなった際には、その方をモチーフにしつつちょーっとだけ流暢にご自身の芸術論を語ってしまうだけなのです!」

「なぁ小娘よ、それを口説くと言わずして何と言うのだ……?」

「ぐはぁ!?」

 自分で言って勝手にダメージを受けるサータ。

 ちなみにワールドは否定も肯定もしない。

 彼はただ至って真面目に己の価値観や信念を口に出しているだけに過ぎない。


「……で、あんたらは連れを探しに行ったんじゃなかったのか」

 その問いかけにコバルトとミントは顔を見合わせて、なにか言いよどむ。

「あー、その、なんだ……」

「はっきりしないのです」

「なにか俺たちに言いたいことでもあるのか」

「うむ。実はな。サヨの居場所というのは、なんとなくわかる。思い当たる節があるでな」

 小声でコバルトがささやく。

「はぁ!?」

「大きな声を出さないでください」

「どういうことなのです?」

「正直なところ、サヨが暴走するのはまったく予想できなかったわけではない。あまり気が晴れているようには見えなかったでな。しかしここ数日、お主たちと出会い、そこの小娘と走るようになってから多少なりと明るさを取り戻したように見えた」

 意外な言葉にサータは戸惑う。

「ほ、褒められているのです?」

「きっとな」

「じゃあ、えっへん」

 得意げに胸を張る。

「しかしだ。多少開放的になりすぎたのかもしれん。元々行動力はあるやつだ、なかなかにとんでもないことをしでかしてくれたよ」


「それで、俺たちに声をかけたのは」

「うむ。はっきり言おう」

 コバルトがワールドたちをそれぞれ見て、一呼吸置く。

「儂らだけであやつを説得できる自信がない」

「……え」

「全く部外者の村の方に頼むよりは同じ旅人で多少なりとこちらの事情を理解しているであろうあなた方に頼むのが適任かと」


「なるほど。ならばここはワールド様とサータにお任せなのです」

「えっホント? この急な流れで本当に協力してくれるの?」

 サータの二つ返事に逆に戸惑いを見せる。

「困ったときにはお互い様なのです。それが組合員リンカーの努めだとサータは信じているのですよ」

 ワールドの方を見てにっこりと笑う。

「それを言われると俺も弱いな」

 まんざらでもないといった態度でワールドも構える。

 そうなるとコバルトとミントの方が不安になる。

 この二人に頼んでよかったのだろうか。


「それで、リリーを連れ出したサヨはどこにいるんだ?  自信満々に見当はついているなどと言うからには、当てはあるんだろうな」

「もちろんです」

 ミントはスカートを少しつまみながらくるりと回転し、高飛車に笑ってみせる。

 珍しく表情を崩している彼女は新鮮であるが、それよりも給仕服でずっと走っていたという事実に今更ながら驚く。

「えっと、それは一体……」

「意味はありませんが、ますます得体が知れないでしょう」

「ほほう、なるほどよくわかっている」

「なんか理解していらっしゃるのです!?」

「……サヨが突拍子もない事をしでかすとしたら、確実に此奴の影響なんじゃよ」

 もう慣れっことばかりに抑揚のない声でコバルトが応じる。


「冗談はこれくらいにして。彼女が居る場所。それはずばり――の下です」

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