38 彼らが村を訪れた理由2

 捏造。

 つまり、でっちあげだ。

 居ないはずの天使を居ることにして、天使と称して差し出す。

 そんな噂は聞いたことがないわけでもないが、あくまで噂。

 他人の口からまことしやかに聞かされるとは、ワールドにも予想外だった。


「あちこちで天使が誕生したということは同時に、天使の紛い物も発生したということだ。本物と信じて疑わない天使が偽物だったと判明した時、それは不要となる。帝都では捨てられたストリートチルドレンが問題視されるようになったとも聞くが、そこは儂の知り及ぶところではない。つまりはなんだ、『聖女』などと謳っていても、その正体は天使の皮を被ったただの人間である。儂はそう思っている」

「おい、リリーが偽物の聖女だとでも言うのか!?」

 村長が声を荒げる。

 女将も顔が険しくなる。

 流石に村の住人からしてみれば、その言葉は心象は悪い。

「そうであればと願っておったのだがな。こんな辺鄙な村で聖女を名乗るなど、所詮狂言であろうと。しかし、その願いはどうやら叶わぬようだ」

「……確かに、聖女の力は本物だった。それはディランたちの成果を見ても明らかだ」

 聖女の力が偽物ならば。

 彼が急に元気に走り回ったりすることは出来ないだろう。


「あの」

 ずっと黙って話を聞いていたサータだったが、遠慮気味に手を挙げて発言の機会を伺う。

 コバルトが一瞥して、それから手で促す。

「そもそもおじ様がこの村に来た理由がよくわからないのです」

「む……」

「それは私が説明しましょう」

 押し黙ったコバルトに代わり、ミントが一歩前に出る。


「最初からこの村を訪れることが目的だったわけではありません。言うなれば、向かう道中の旅そのものが目的だったと言うべきでしょう。療養の旅といったところでしょうか」

「療養って、一体誰の?」

 問いかけには相変わらずの無表情で返す。

「ここには居ない、彼女のための」

「……それは、彼女の暴走に関わってくる話だな」

 ワールドの問いに静かに首を縦に振る。


「サヨは『帝都』から逃げてきた人間です」

「逃げてって――もしかして、さっきから話してた偽物の天使がどうのとかって、まさか」

「いえ、彼女は天使――サヨ自身の言葉を借りるなら『天使病罹聖者』でもなければ、その紛い物でもありません。むしろ逆の立場です」

「逆? 逆って何よ」

 グラが疑問を投げかけると、視線だけそちらに向けて続ける。

「彼女は天使として帝都に迎え入れられた人間をする立場でした」

「管理……」

 その含みのある表現に、誰一人良い予感はしない。

「文字通りの意味です。その人間が天使の資質を持っているかを調べ、逃げ出さないように監視して、生きるために世話をする。少なくとも、彼女が居た場所ではそのような扱いであったと聞きました」

「おいおい、まるで見世物小屋ではないか」

 村長の言葉に反応し、サータとグラが一斉に彼を睨む。

 視線に気づき大きな咳払いでごまかす。


「彼女はそれが耐えられなかったのでしょう。帝都を逃げ出し、一人でさまよっているところをたまたま御主人様が見つけて保護しました。こうして、侍女として働くようになりました。御主人様は理由も聞かず、行く宛がなければウチで働けば良いと」

「へー。案外粋な所あるのね」

「ははは、海の男は豪快なのだよ」

「あの娘がただ可愛かったからでは?」

「はっはっは、それもある」

「ただのエロオヤジじゃない」

「その通りです」

「うぬぅ、主人に対して辛辣すぎるわい……」


「しかし彼女は時間が経ってもあまり心の傷が癒えていないようなので、帝都から遠く離れた場所に出かけることで気を晴らそうと画策した次第です」

「その道中で北の村の聖女の話を耳にしたんでな。どうせ聖女など客寄せの道具に使っているだけだろうと思い、聖女ではないことを証明してやろうと思ってな。もし聖女でもないのに『天使病』とみなされ、帝都に連れて行かれることになってはサヨも昔を思い出してしまうだろう、と。だから聖女が偽物であるならすぐにでもやめさせようとここまで来たのだよ」

 彼らの主張に反論できるものはいない。

 多かれ少なかれ、この村は聖女を人寄せの手段として利用しているのだから。



 一方、村のどこか。

 息が上がり、まともに呼吸が出来ない。

 なんということをしでかしてしまったのか。

 そんな後悔の念ばかりが先に立つ。

 しかし彼女がどんなに願おうとも時間は戻らないし、その事実は消えない。


「あ、あの……大丈夫ですか」

 リリーが声をかける。

 泣きそうなのは彼女も同じなのに。

 自分の立場を理解しつつ、それでも。

 凶行に及んだ彼女が心配でならなかった。

「……あ、ああ、あああああ、あ…………」

 頭を抱えて呻く。

 口を腕に当て声を押し殺す。

 嗚咽を耐え、逆流する胃酸を再び飲み干す。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……。こんなこと、するつもりじゃなかったのに…………」

 やってしまった後悔と、これからどうしようという不安が入り混じり、目の前が真っ暗になる。

 その場に座り込んで顔を抑える。

「あの、落ち着いてください」

 リリーが前にしゃがみこんだ時、突如両手を伸ばして彼女の両腕を噛む。

「えっ!?」

 彼女を見つめるサヨは普段の便りなさそうな顔つきではなく、何らかの決意に満ちたような瞳で、じっとリリーを見据える。


「――あなたは、本当に『聖女』ですか」

「っ、え、えっ!?」

 困惑するリリーをよそに、サヨは掴む手に力を入れながら続ける。


「いえ、あなたが聖女かどうかなんて関係ない。もしもあなたが聖女という立場に縛られず、人として平穏無事に生きたいのなら。その役割を捨てて、今すぐ村を出るべきです」

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