37 彼らが村を訪れた理由1

「……また?」

「そうだとも! ああ、いったいどうしたら!」

 訝しむ女将とオロオロと青ざめる村長。

 二人のコントラストは面白くて画になると内心思うが、さすがに口を出したりはしない。

「またウェンディと一緒に居るんじゃないのか」

 ワールドの問いかけに間髪を入れず反論が飛んでくる。

「私じゃないよ!」

「ウェンディ、居たのか」

 村長の後ろからひょこっと飛び出す。


「……む、なんだね騒々しい」

 ランニングを終えたと思われるコバルトが戻ってくる。

 村長と二人並ぶと兄弟かと思うほど似通っている。

「また儂の娘が居なくなったのだ! しかも村の者によると、ここに宿泊している三人組の客の中のひとりと一緒だったと言うもんだから、この娘に心当たりはないかと尋ねていたのだ」

 村長はウェンディを指差す。

「なんでお客さんを疑わなきゃいけないの。見間違いかもしれないのに!」

 歯だけを見せるように、いーっと口を真横に広げる。

「……とまあ、埒が明かんので直接やってきたわけだ」


「三人組か」

 ワールドとコバルトはお互い顔を見合わせ、互いに指差す。

「……どっちだ!?」


「あれ、えーっと、村長さんなのです」

「事件の予感がします」

 そこへサータとミントも戻ってきた。

「ふむ、これでお互い一人ずつ戻ってきたわけか」

 コバルトの言葉にワールドが反応する。

「いや、ちょっと待て。それを言うならこちらはすでに三人とも揃っているぞ。女将、グラは居るな?」

「ん、ああ。鍋の番をしてもらってるよ。ウェンディ、あんた向こうに行って交代してきな」

「はーい」

 ウェンディが奥へと下がり、しばらくしてグラがやってくる。

「え、な、なに? アタシはずっとここに居たけど……」

「な、なんだと!?」

「よし、こちらのアリバイは成立だ」


「そもそもサヨは? 誰も見ておらんのか!?」

 コバルトが語気を荒げ、ミントとサータの方を見る。

「サータは常に前だけを見て走っていましたので」

「私もサヨには自分のペースで良いと伝えていたので、特に気にしてませんでした」

「くっ、ということは誰も見ていないのか」

 状況がつかめていないグラがキョロキョロとそれぞれの会話を聞いては首をかしげる。

 女将がひそひそと耳打ちすると、グラは驚きの声を上げると同時に、そういえばと言葉を続ける。

「アタシが一度部屋に帰ってもう一回ここに来た時、深刻そうな顔で一人座っていたのよ。下手に声をかけるのも悪いかと思ってスルーしたんだけど」

「なぜそれを早く言わん!」

「ええっ!?」

 コバルトの大声に驚く。

「女性同士で悩みを共有して共感しようとか思わんのか、お前は」

「はあっ!?」

 ワールドの言葉にたじろぐ。

「お姉さまは客観的に見ると少し女子力が足りていないところがあると思うのです」

「そこまで言う!? いや否定はしないわよ、否定は……」


「どうせ次の治療対象はお前たちなんだから、そもそも聖女をさらうなんて真似しなくても良かったのでは」

「そうよね、遠路はるばるここまで来て聖女のご機嫌損ねて全部水の泡にしたら台無しよ? いやまあ、仲良く散歩してただけって可能性もあるけど」

 グラの言葉に村長が強く反発する。

「そんな思いつめた顔したようなやつが一緒にいたら、それこそ何をしでかすかわからんではないかっ!」

「うっ、確かに……」

 彼らのやり取りをあくびを噛み殺すかのように退屈そうに聞いているコバルトにいらだちを覚え、グラが詰め寄る。


「ちょっと、アンタのところの連れがやらかしたのよ! その態度は何なの!?」

「……いや、もちろんそれは重々承知している。ただ、儂らについてお前たちはずっと勘違いをしているようなのでな」

 すねた子供のように顔を背ける。

 その態度がますますグラに火を注ぐ。

「はぁ!? 何が勘違いだってのよ!」

 じろりと。

 眼光を光らせ、周囲を見回す。

 窮地に立たされてもなおそのような威光を示せるのは彼の元来の性格によるものだろう。

 思わず皆静まり返り、彼の言葉を待つ。


「良いか、儂らがこの村に来た理由はな。――聖女をだ」


「……は?」

 その言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかった。

「え、どういうこと? だってアンタたち、聖女の力を求めてこの村にやってきたんじゃないの?」

「天使――聖女の存在を信じていないってわけか」

 ワールドの問いかけに首を横に振る。


「そうではない。聖女などと呼ばれている天使の存在そのものを否定するつもりは毛頭ない。むしろ実在するだろうと信じておる。否定するのは聖女の在り方だわい」

「聖女を……?」

 たまらず村長が反応する。

 コバルトは鼻息を荒く鳴らして、言葉を続ける。


「各地で複数の『天使』と思しき疑いのある存在が確認されて、それらを聖女として祭り上げる風潮が出来上がった。帝都では『天使の囲い込み』が行われ、各都市では天使を所有することで終末を迎えてもその街は守られる、と信じられていた。そこで帝都の連中は大枚をはたいてでも天使を迎え入れるようになった」

 コバルトの言葉は信じられないような内容だった。

「ちょっと、それって人身売買じゃないの!?」

「合意の上じゃよ。もとより、天使本人たちの意思はあったかどうかは別にしてな」


「天使の……所有……」

 サータのつぶやきはワールドの耳にだけ聞こえた。

 つまり、サータが幽閉されていた理由というのもあるいは。

 再びコバルトが続ける。


「しかし、だ。天使の数は限られている。そうそう都合よく誕生するものではない。だが、天使を差し出せば貧しい村は一気に莫大な富を得られる。となると、是が非でも金が欲しい村は強硬手段に出る」

「強硬手段、というと?」

 ワールドが問いかけると、口元に手をやり不敵に微笑む。


「決まっておろう。天使の『捏造』だ」

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