35 彼を満足させる料理

「――で、急いで逃げ帰ってきたと」

 部屋に戻って一目散に布団を被り、ガタガタと震えるグラに聞き取りを行った所、一連の出来事を説明された。


「そこは否定しろよ……」

「も、もちろんしたわよ! でも、それ以上居たらあれこれ聞かれるんじゃないかと思ったら怖くなって、何も言えずに逃げ出しちゃったのよぅ……」

 珍しく弱気なグラの姿に、いつもの調子では強く言えない。


「まいったな……これで確実に誤解されたぞ。どう言い繕っても怪しまれるだけだし、かと言って正直にサータのことを話すのも危険だ」

 妙案はないかと首を捻るが、これといったものは出てこない。

「天使の研究をしている学者のおじ様は、もしもお姉さまが本物の天使だったとしたら何をしたかったのでしょうか?」

「そりゃあ研究対象として捕縛して検体にでもするんだろうさ」

「ちょっと! 怖いこと言わないでよね!」

「うーん……そんなに悪いことをするような人には見えないのですが」

 サータは思ったままの感想を言う。

「研究者ってのは頭がイカれたやつが多いからな」

「芸術家にも言えるんじゃない、それー」

 皮肉交じりにグラが返す。

「まともな人間が作った芸術なんぞつまらんと思うがな」

「あ、真面目に捉えないで」


「とりあえずサータは天使の能力を使うのは禁止だ」

「はいなのです」

「グラはなるべく一人で居ないことだな。夜に一人出て歩くのは止めた方が良い」

「はいはい。……一人が駄目って言うんなら一緒に、あ、いや、何でも無い」

「は? なんでそんな面倒なことを――痛っ、だから殴るな!」

「裏拳なのです」


 翌朝。

 昨日の出来事など嘘のように、今までと変わらぬ態度で接してくるロマンに警戒しつつ、しかしこれといって特筆することもなく朝食を終える。

 もはや日課としてコバルトたちが着替えて外に出ようとした時、意外な来訪者がやってくる。


「あ、あの……おはようございます」

「リリー!」

「リリーちゃん!」

 ウェンディと同時にサータも駆け寄る。

「あれから少しは自由に出歩いてもいいって。……実を言うと、前からこっそりウェンディに会いに来てはいたんだけど、これからは堂々と会いに行けるの」

 ウェンディは嬉しそうに報告するリリーに抱きついてその場で回りだす。

 見ている方も幸せになれるような光景だった。


「む、誰だねあの娘は」

 コバルトの疑問にワールドが答える。

「リリーといって村長の娘だ。ああそうか、朝食の場に居なかったな」

「へー、あの子が」

 グラもリリーを見るのは初めてだった。

「あれが皆々様がたお待ちかねの聖女様だよ」

 ウェンディに代わり料理を片付けていた女将がコバルトたちに向かって言う。

「!!!」

 途端、彼らの目の色が変わる。


「なっ、あんな小さな子が聖女だと!」

「我々より年下というのは予想外でした」

「……」

 コバルトたちはそれぞれに違った反応を見せる。

 ミントは相変わらず冷静に、サヨはリリーをひと目見たあとはずっと黙ってうつむいている。

「くぅ……もっとこう、懺悔を聴いて抱きしめてくれるような慈愛に満ちた聖母のような存在を想像していたのに……!」

「御主人様を包みこめるような方はそうそう居ないかと」

「ええい、ものの例えだ」

「なら余分な脂肪を落とすのが手っ取り早いのです」

 サータがコバルトたちのもとに戻ってくる。

「わ、わかったから押すでない!」

 そしてコバルトの背中を押して外へ出ていく。


「サヨ、あなたは自分でペースで良いですから」

 ミントも後を追いかけて宿を出ていく。

 残されたサヨはいかにも運動が苦手を絵に描いたような見た目で、実際にここ数日の様子を見る限りそのとおりだろう。

 ゆっくりと重い足取りで彼らに続く。


 そして、気がつけば、その場に残されたのはワールドとグラの二人だけだった。

 ウェンデイたちも、ロマンもいつの間にか居なくなっていた。

「……俺は市場に出かけるが、お前はどうする?」

「部屋に居るわよ。まだ朝の早いうちから外に行きたくないもの」

「そうか、わかった」

 そう言って早々に宿を後にする。

「ああ、一緒に行くって言った方が良かったのかしら……い、いやいやなんでアタシがそんなこと気にしなきゃいけないのよ。ふんっ、自分の身は自分で守れるし」

 一人強がり、部屋へと戻る。


 市場にて。

「――これで完成だ」

 昨日の看板の続き、残りをあっという間に終わらせる。

「これなら遠くから見ても一発で野菜売り場だとわかるねぇ。本当にありがとう」

「なに、困ったときはお互い様だ。これからも組合員リンカーを頼ってくれ」

 店を後にして、次の依頼者である魚屋に向かう。


「おおー、待ってたよ待ってたよ。ちょろっと見てたけど、あんたの腕は本物だな。ウチのも頼むよ~」

 若い店員は気さくな態度でワールドに接する。

「何か加工できる木の板とか、石膏のようなものはあるか」

「おうよ、探したぜ。こいつとかどうかな」

 用意してあったのは先程の青果店より小さめの木の板が何枚か。

「よしきた。変わりにと言っちゃあなんだが、宿の料理で新鮮な海の魚を使いたいんだ。何かあるか?」

「新鮮な海の魚? うーん、基本的には干物がメインだからなぁ。川魚ならあるが、海のものと言われると……ああ、今日は行商人も来るし、何かないか聞いてみるよ」

「助かる。よし、作業開始と行くか」

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