33 気になること
「えー、あの二人もう出て行っちゃったの!?」
グラが驚きの声を上げる。
「なにか聞きたいことでもあったのか? いや、言いたいことか?」
「い、いけませんよお姉さま! ワールド様がいらっしゃるのに他の殿方に目移りしてしまうなど!」
「いやいやおかしいでしょ、この流れで愛の告白とかする?」
落ち着いて否定しているが、突然そんな流れになってしまい内心焦っていた。
「だいたいアタシわねー、あんな痩せ型の優男よりもっと――いや、何でも無いわ」
質実剛健で筋骨隆々の、と言いかけて、目の前にいる男が割と当てはまってしまっている事実に気付いてしまい、言葉尻が弱くなる。
代わりに無言でそのたくましい腕にパンチする。
「ええいやめろ、お前の一撃は重いのだ」
「お姉さまの照れ隠しは豪拳なのです」
「ディランの言葉で一つ、気になることがあるんだが」
ワールドの言葉に反応して、二人は同時に顔を上げる。
「ジョンの病気が治ったと聞いたときの四人の態度だ」
彼らはその報告を聞いた時。
皆一様に「信じられない」といった面持ちで兄弟を見た、という。
「聖女の力を目の当たりにして驚いたって話でしょ。何かおかしい?」
ディランの言葉を借りたワールドの説明でも疑問はなく、何がおかしいのかわからないといった態度で応える。
「まだロマンはわかる。あの学者は聖女と天使病に関連性があるとして調べているのだから『彼女は天使かもしれない』だったのが、聖女の力が本物でそれが確信に変わり驚いたのだとしたら。だがあの富豪たちはどうだ。彼らは初めから聖女の力を求めてやってきた」
持論の展開に対して、サータが少し考えた後応じる。
「あの三人が驚くのはおかしい。そうワールド様はおっしゃりたいわけですね」
「そう。彼らは聖女の力を知っていて、それを求めてやってきたのに、だ。喜ぶならまだわかるが、まるで信じられないだなんて、反応が矛盾している」
「本当に半信半疑だったんじゃないの。それがどうやら本物らしくて驚いちゃっただけなんじゃない。気にしすぎでしょ」
ワールドの疑問を一蹴する。
「気にし過ぎか……そうだと良いんだがな」
いつもならきっちり反論するのだが、あまり自信がないのかそれ以上強く言えないでいた。
それから。
「まだ夕食まで時間はあるな。もう一つ気になっていることがあるから、俺はちょっと出かけてくる」
「サータも運動の時間なのです」
「うーん……アタシはどうしようかしら。ウェンディちゃんにアップルパイの作り方でも教えてもらおうかしら」
グラの言葉に二人は目の色を変える。
「ほう。ならばこれから料理番はお前に決定だな」
「さすがお姉さま、期待してます」
「えっ、ちょっと。いや、うん、良いんだけどさ。普段はアタシが足引っ張ってるようなもんだから、それくらい」
実は三人とも料理が得意ではない。
旅の中でも簡素な食事しか取っていないので、これを気にまともな調理法を身に着けようという魂胆だった。
こうして、それぞれ別行動を取ることになった。
サータは村の中を縦横無尽に走り回り、弛んだお腹を揺らして駆けるコバルトを叱咤激励していたところ、道中にワールドの姿を見かけた。
「ワールド様! こんなところにいらしたんですね」
それは初日にウェンディが紹介してくれた市場にある店の一つで、青果物を取り扱っているようだった。
何をしているのかと言うと――まるで大工仕事のように、木の板にノミを当てている。
「あのー、これは」
サータが近づいたところで、足元で作業しているものの正体に気づく。
一方が腕の長さほどある正方形の木の板は周囲が削られ、立体アートのように中心部が浮き彫りになっている。
その浮き彫りになっているのは曲線から判断するに、おそらく野菜のようだ。
「最初に見たときからずっと気になっていてな。看板がボロボロで何の店だか区別がつかん。もっとわかりやすい看板でも作れば人も寄ってくるだろうと思ってな」
説明しながら器用に手を動かしていく。
あっという間に葉物野菜の縁取りが終わり、今度は愛用のナイフを取り出してさらに細かい溝を掘っていく。
「は~、兄ちゃんすげぇな。ウチもお願いして良いかな?」
「そっちは……魚屋か? 良いだろう。このワールド、赤の
「おおっ、言うねぇ。そいつぁ楽しみだ。すげえ大作期待してるぜ」
隣の店員は笑いながら去っていく。
「いやはや、本当にすごいねぇ」
青果店の女主人が感心した様子でその作業を眺めている。
「今どきの若い子は手先が器用だねぇ」
「いえ、いえ、こんなことが出来るのはワールド様くらいのものです!」
自分のことのように胸を張って自慢する。
二人のやり取りなどお構いなしに作業を続けるワールド。
素材としてはそれなりの大きさなので、まだまだ完成には至らない。
「――まあ、今日のところはこんなもんだろう。明日には出来上がる」
「悪いねぇ」
「なに、こうやって自分の作品を各地に残していくのも旅の楽しみの一つだ」
それは本音であり、さらに裏の意味が隠されているが、解き明かすほどのものでもない。
彼は己の信念に沿ってただ真摯に芸術と向き合っていた。
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