31 そのとき、みたもの
それから二人は夕食前までぐっすりと眠ってしまった。
目を覚ましたき、むすっとした表情で無言のまま見つめていたグラが視線に飛び込む。
「おはよ。まだ夜にはなってないわよ」
「……? ああ、そうか。あれから眠っていたのだな。……で、お前はどうしてそんな面白い顔で俺を見つめるんだ」
「面白いって何よ! 生まれつきこんな顔よ」
大声でまくし立てるように言い放ち、対してワールドは耳をふさぐようなポーズで構える。
「戻ってきていきなり寝るとか言い出して、部屋に入るなり何も言わずにベッドに突っ伏して。事情も何もわかりゃしないのに二人を放っておくわけにもいかないからこうしてずっと目を覚ますのを待つしか無いじゃないの!」
言い終わり、肩で息をする。
呼吸が整うまで待っていると、サータも目を覚ます。
「あふぅ……おねぇーさま、おはようございまふ……」
「おはよう、ねぼすけサータ」
どうやら根に持つタイプのようだ。
改めてグラにこれまでの経緯を説明する。
二人の少女について、聖女について、村の言い伝えについて。
リリーは言い伝えについて、幼い頃から聞いてはいたがまさか自分がその当事者になるとは思ってもみなかったと複雑な心境を語っていた。
「うわー、そりゃ逃げ出したくもなるって」
うんうんと首を縦に振る。
「今はそれほど人が押し寄せてくることもないからまだやっていけると言っていたな」
「人々の期待を背負ってその重圧に苦しむというのは、サータとはまた別の苦労があるはずなのです。あんな子供には大変なのです」
お前も十分子供に見えるぞ、とは言えない。
「ところで、あの時はウェンディたちの手前聞けなかったんだが。サータ、お前は何を視た?」
その問いかけに、サータははっと顔を上げる。
「あの時確かにお前は未来視を行ったはずだ。ならば何かが見えただろう。しかもそれを黙っているということは、何かよくないものが見えたのだと想像できる」
ふーっとため息のように呼吸が漏れる。
「ワールド様には敵わないのです」
目を閉じ、ゆっくりと首を横に振る。
「え、ちょっと、よくないものって何よ」
心配そうに見つめるグラに向かい視線を移し、少し考えた後に言葉を切り出す。
「――まるで、石像のようでした」
サータの視た光景。
それは村のどこかで、人の姿をした何かが佇んでいる。
黒っぽいような、灰色っぽいような、焦げ茶色のような。
色ははっきりとしないが、それはいつまで経っても全く動かずに存在し続ける。
大きさは想像でしかないが、恐らく人間の子供に近い。
太陽に照らされ、月夜に照らされ。
朝な夕な、いつまでも。
いついつまでも。
それはそこにあった。
「それって、もしかして……」
その先の言葉を告げようとして、しかし言い淀む。
「天使の、成れの果てかもな」
「んなっ! そんなはっきりと!」
ためらっていた自分がバカみたいだと思いっきりワールドに突っかかる。
「もちろん根拠はない。だが、可能性の一つとしてあり得ない話ではない」
「そりゃまあ、ねぇ」
「天使になった、その先については誰も何もわからない……のです」
力なくサータが言う。
「じゃあ、やっぱりリリーちゃんって子が……」
「サータの可能性もあるな」
「はぁ!? だからアンタはそういう無神経なところがっ」
「いえ、いえ、良いのです。もちろんその可能性もあるのですから」
「サータ……」
感情をわかりやすく表に出すグラに対して、取り乱すこともなく応じるサータ。
聖女と天使。
まるであの二人のようで、笑うような場面ではなかったが自然と笑みがこぼれた。
「えー、今笑う要素あった?」
「いつものやり取りだなと思ってな」
その日の夕食。
話題はディランたちの『儀式』で持ちきりだった。
「――それで? 聖女とはいかな人物だった? やはり高貴で美しく、他を寄せ付けぬ圧倒的オーラを放つ女神のような女性かね」
コバルトの期待の眼差しに対し、申し訳無さそうにディランが答える。
「美しいと言うより、可愛らしいですかね。ああ、ここの娘さんと同じくらいの年頃で」
ちょうど料理を運んできたウェンディを指差す。
「じゃーん! さぁ、ここでバッチリ美味しいアップルパイを食べればもう病気も吹き飛んじゃうんだから。残さず食べてね」
焼きたての香ばしく甘い香りが店内に立ち込める。
「そうか……グラマラスでミステリアスな聖女は居ないのだな……」
大きくため息を吐き、これ以上ないほどに落胆する。
「聖女を占い師かなんかだと思ってない?」
「何っ、グラマラスでミステリアスな占い師なら存在するのか!?」
「どうしてそうなるのよっ!?」
食い付かれてしまい、当惑するグラ。
「御主人様は私のようにグラマラスでミステリアスな女性が好みですので」
「おい、ミントやい。自分で言うか。というかお前はグラマラスどころかむしろ細身だし、ミステリアスではなく仏頂面で寡黙なだけであろう……寡黙か?」
「まぁ、御主人様はそんな風に私のことを見ておいでですか。なんてイヤラシイ」
体をくねらせて体を隠すような仕草。
しかし顔は無表情。
「儂、お前の御主人様だよな。なんで侍女に軽くあしらわれておるのだ……?」
「おっ、落ち着いてくくださいいっ、ご主人さまっ」
「落ち着くのはお前の方だ」
「くっ、あちらの三人組は個性が強いのです。これは負けていられません……」
「やめて。張り合わないで」
「……こちらも個性的だと思うがな」
運ばれてきたアップルパイを頬張りながら、ワールドは呟く。
「――あっ、おじさん! 今日こそちゃんと食べるって言ってたのに、まだ食べてないでしょっ」
ウェンディが皿に盛られたままのアップルパイを見てコバルトに詰め寄る。
「うっ。い、いや確かに昨日は言ったが……」
「見苦しいですよ御主人様。いつも『男に二言はない』と豪語しておられるでしょう」
「ええい余計なことを言うなっ! くぅ、だが、だがここで食べてしまっては今までの苦労が水の泡となってしまうのだっ……!」
そう言いながらふくよかな腹回りを擦り出す。
「まさかとは思いますが、ダイエットのつもりですか」
「はぅあっ!」
図星だった。
「え、まさか本当にそんな理由でおじ様はアップルパイを食べなかったんですか!」
サータが再びコバルトに食いついた。
「わ、儂は昔から甘いものを食べるとすぐに太ってしまうのだ。おかげでこんなに立派な腹になってしまった。恰幅が良いのは富豪として一種のステータスではあるが、しかしこれ以上は流石に」
「食べたらその分動けば良いのです! ならば! 明日から走り込みです! ええ、ええ、このサータ、全力でおじ様をサポートいたしましょう!」
両手をテーブルに叩きつけ、衝撃音が響き渡る。
緊迫した雰囲気に、思わず誰もが驚きの表情とともに沈黙する。
そんな中、ミントだけが表情を崩さず小さく拍手していた。
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