29 昼中の流れ星

「……もしかすると、サータは隠し事が下手なのかもしれません」

「推定じゃない。断定してやろう。下手くそだ」

「返す言葉もございません……」

 顔を隠してその場にしゃがみ込む。

 

「本当に、おねーさんは『天使』なの!?」

「ええ、ええ。今こうして背中を丸めていじけているのが天使病の罹患者サータなのですぅ……」

 地面に向かって小さくつぶやく。

 自業自得なのだが、どこかふてぶてしい。

 これがワールドの言うところの「図太さ」なのかもしれない。


「――すごい。本当に使人なんて、初めて見たわ」

「リリーは違うのか?」

「……だって、リリーは『聖女』だもの。そうだ、お兄さん。天使と聖女の違いって、なあに?」

 ウェンディの問いかけに、思考を巡らせる。

 呼ばれ方、呼ぶ人間の捉え方の違いであって、本質的には同じようなものなのだ。

 ただ、それは暮らしている場所によって捉え方が大きく異なる。

 天使をより宗教的に捉えている地域では人間と言うより人智を超越した存在として崇拝されているし、天使信仰の薄い田舎ではちょっと変わった能力を持つ人間として聖女という程度の扱いでしかない。

 つまるところ、その特別な存在を『天使』と考えるか『聖女』として考えるか。

 それだけである。


「普段は聖女、だけど世界の終わりに人々を救う際には天使になる。聖女と天使は表裏一体の存在なんだよ」

「ふぅーん……同じのような、違うような。難しいのね」

 ウェンディはあまりピンときていない表情を浮かべる。

 無理もない。

 天使信仰による『天使が終末に訪れる』という前提を知らなければ、天使という存在などおとぎ話であり作り物なのだ。


「ねえ、天使は聖女なんでしょう? だったら、おねーさんも何か特別なことが出来るの?」

 しゃがんで塞ぎ込んでいるサータのもとに駆け寄り、ウェンディが声をかける。

「……ええ、もちろん」

 顔を上げ、高く昇った太陽が眩しいとばかりに顔をしかめる。

 仕切り直しとばかりに立ち上がり、脱げかけのフードを被り直す。


 両手を大きく前に突き出し、それから胸元に引き寄せる。

 深い瞑想に入り、まるで世界から切り離されたかのように存在が薄れる。

 それは差し込む太陽の光の加減か、明滅を繰り返す。


 自発的な未来予知。

 サータの言うところの予知とは、偶発的に起こる予知夢のようなものがほとんどであり、このように自ら未来視を行う場面はワールドも初めて遭遇する。

 もしもこれを見たなら『天使になると消えていなくなる』という触れ込みが広まってもおかしくはないだろう。


 空が一瞬明るくなり、切り付けるように一閃、光の痕。

 それは昼中に見える流れ星のようで、美しく、儚い。

 白みがかった青空にくっきりと走っては、すぐに消える。

 見上げなければ見逃してしまうような小さな光だが、見た者の心に強く残る光だった。


「――はい、これでおしまいなのです」

「すごい! 初めて見たけど、まるで本当に天使が舞い降りたみたい。光の翼みたいなのがおねーさんの背中から見えて、それが空へ飛んでったみたいな。ね、リリー!」

「え、う、うん……」

 興奮するウェンディと、対照的にリアクションの薄いリリー。

「……俺も初めて見たのだが、お前はあまり驚いていないな。聖女あるあるってやつか」

 ワールドの問いかけにちょっと戸惑いながら無言で頷く。

 サラサラの黒髪が風に舞う。


「聖女あるある! 素晴らしい響きです。リリーちゃんにもぜひお話を聞かせてほしいです」

 ぐっとリリーの手を握る。

 突然のことに驚き、目を泳がせている。

「……イヤですか?」

「あ、ううん。そうじゃありません。もちろん、良いですよ。――ただ、やはり『聖女』の力を求める方がいらしているのなら、あまり時間は取れそうにありませんが……」

「ええ、ええ。全部終わってからでよろしいですよ」

 指切りげんまんの約束のように、握りしめた手と手を振り回す。


「ところで、日傘のおねーさんは一緒じゃないの?」

 問いかけに対し、ワールドはどう答えようかと考えていると先にサータが切り出した。

「グラお姉さまはちょっと太陽の光に弱いのです。日傘がないと外を出歩けないほどで、だからちょっと今はお留守番なのです」

「……サータ。何でもかんでも話すなよ」

「も、もちろんわかっているのですよ。でも、相手の信頼を得るためにはこちらも隠し事はせずにちゃんと話し合うのが一番だとサータは思うのです」

 彼女は自分の行動に非があるとは考えていない。

 自分に対しても相手に対しても誠実であれ。

 サータの基本姿勢である。


「そんな……おねーさん、全然そんなお話しなかったのに」

「一応隠しているからな。そんな状態で旅をしているなんて誰も思うまい」

「あれ。でも、それを治しに来たわけじゃあないんですよね?」

 リリーが尋ねる。

「どういうわけか本人には治療する気がないらしい。正確には『医者でも投げ出す不治の病』だから手の施しようがない、と」

 ウェンディが会話に割り込む。

「――そんな人のために『聖女の力』があるんじゃない! 決めたわ、あのおねーさんも治療しましょう! ね、リリー!」

「うん。私はウェンディがそう言うなら構わないよ」

 返事を聞き、ワールドたちに向き直り、にっこり笑ってみせる。


「え、それはありがたいことですが……良いのですか?」

「もちろん! 私たちもお兄さんたちのためにできることがあれば協力したいもの!」

「だがあの兄弟に富豪に学者と、まだまだ先は長いな」

 その言葉に、ニヤリと口元を緩ませ、ウェンディは答える。


「大丈夫。一人目はもうすぐ治療が終わるわ。なんせ今日がだもの」

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