28 或る男の回想

 すっかり泣き止んだウェンディも、ワールドの言葉に耳を傾ける。


「まず、俺の両親はすでに居ない。俺を生んですぐ事故で死んだ」

「え」

「はっ!?」

 いきなり重い。

 軽い出だしから始まると思いきや、初っ端から強烈な一撃が飛んできた。


「そんな話、初耳ですっ!」

「だから言ってない」

 これは想定できたとばかりに返答する。

「さほど重要ではない。はじめから居ないものとして考えていれば、何の問題もない」

 些事であるとばかりに切り捨てる。


「そんな俺を引き取り育ててくれた男がいる。とある組合員リンカーで、俺はその男を親父と呼んでいた。いわゆる育ての親だ」

 言って、赤い腕章をちらりと見る。

 色あせた赤が太陽に照らされ、より一層くたびれた真紅が映える。

「――まぁ、酷い男だったよ」

 一呼吸おいて。

 ワールドの口から飛び出したのは。


最低さいっていの親だった。いつも仕事で留守にするし、全身ボロボロになって帰ってくるわ大して酒に強くもないのに飲んだくれては泥酔して辺りに瓶を撒き散らすわ、片付けた先からまた酒を買ってきては部屋を物で溢れさせるわ特訓だと言って無理やり怪我させられるわ挙げ句無理やり組合員リンカーとして登録させて勝手に仕事を引き受けるわ、ああこうはなりたくないと言う理想から程遠い親だった」

 くどくどくどくど。

 吟遊詩人も驚くほどの見事な語り口で『親父』に対する愚痴を述べる。

 聞く側もあまりの変わりように口をぽかんと開けて聞いていた。


「――とまあ、最低な親父だったが、生き抜くための術は教わったよ。この世を渡り歩くのに必要な最低限の知識や力は備わった。なんせ親父は『銀刃』と呼ばれる組合員リンカー界隈じゃ知らないやつは居ない存在だった。だから俺は後継者のような扱いを受けていた」

「後継者、ですか」

「『銀刃』の名前の通り、親父はナイフ一本で戦場を駆け回るいわば傭兵のような仕事を生業としていた。表向きは平和に見えるこの世界も、裏では色んな勢力が渦巻いてるってわけだ。詳しく聞いたことはないからどこまで本当かわからんがね」

 人間味あふれるエピソードからの急な無味乾燥な態度に理解が追いつかない。

 彼女らはただただワールドの言葉尻を追いかけるのに精一杯だ。


「――そんな親父も、ある日を境に行方知れずだ。残されたのは親父の愛用していたナイフ一本。まるで形見にしろとでも言わんばかりだ。だが、仲間内に聞いても誰もその消息を知らないときたもんだ」

 語る言葉には迷いがない。

「誰かは『どこかの戦場で討ち死にしたのだろう』と言う。だが、俺は信じない。あの親父がそう簡単にくたばったりしない。誰も最期を見ていないのに、死んだことにしてやるもんか」

 どこか厭世的。

 どこか無機質。

 掴みどころのない性格のワールドだが、そんな普段の彼からは想像もできないほどに人間味あふれる態度で育ての親について語る。


「えっと、お兄さんも危険なお仕事をしてきたの?」

 理解できる範囲で質問するとしたら、『銀刃』と呼ばれた男と同じ仕事を行っているのか、それくらいしか思いつかなかった。

「最初に言っただろう、反面教師だと。俺は全てにおいて親父と正反対さ。金のために命を投げ打つような仕事には手を出さない。形見に残されたナイフだって、人を殺めるためには使わない。俺が斬るのは石膏や粘土、命を奪うためじゃなく、木彫りの彫像なりモニュメントなり、新たな何かを生み出すためにしか使いたくはないね」

 彼は腰に携える短刀を人に向けて抜くことはない。

 それは自身の生き様であり誇りである。


「――もしかして、ワールド様は『親父』様を探して旅を続けているということですか」

 ハッとしてサータが尋ねる。

 無言で見つめ返すのは、肯定のサインでもある。

「なるほど。ワールド様のような無頼漢でも父親を探していらっしゃる。これはやはり、家族という存在はとても大きいのです。ね、ウエンディちゃん」

 ウェンディに近づき、そっと抱きしめる。

 しかしそれは、どちらかというとワールドから引き剥がす行為のようにも見える。

「……ねっ、ねっ、ウェンディ、ちゃん、ねっ!」

「お、おねーさん!? 力強いよっ!?」


「今、さらっと馬鹿にされたような気がするのだが」

「ウェンディちゃんの前だとワールド様は『鈍感なお父さん』キャラとして扱った方が、ウェンディちゃんも喜ぶのではと」

「ねー。さすがフードのおねーさん」

「ふふん。やはりサータは空気の読める子なのです」

 本人の望まぬキャラ付けばかり増えていく。

 文句の一つも言いたいが、彼もまた空気の読める男なのであえて押し黙っていた。


「そもそも。約束も果たさぬまま勝手に出ていくなど許さんぞ」

「……約束?」

 不思議そうにウェンディがワールドを見上げる。

「絵を教えてやると言っただろう。――ほれ、ついさっき描いた絵だ」

 先ほどまで二人を描いていた絵を広げる。

「――えっ、すごい」

「何これ! お兄さん、めちゃくちゃ上手!」

「ははは、そうだろう、そうだろう!」


「『聖女』をモチーフに描いているみたいですね。まるで二人とも天使みたいです」

 サータの言葉を聞いて恥ずかしそうにする二人。

 一呼吸おいて、ふとリリーが疑問を口にする。

「そういえば、先ほどサータさんも『天使』だと言ってませんでしたか?」

「……あ」

 サータの間抜けなつぶやきが風に揺らぎ、天に昇っていった。

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