27 とある幽閉少女の話2

 そこから先はワールドも知る、彼自身の物語。

 とある街の、とある塔に幽閉されていた天使病の少女を救い出した、そんなお話。


「じゃあ、やっぱりお兄さんはおねーさんにとっては救いの手、王子様だったのね!」

「ええ、ええ。囚われの姫君を救い出した王子様なのです」

 二人は黄色い声を出しながらテンション高く飛び跳ねている。

 初対面のリリーはよくわからないといった困惑の表情を浮かべている。

「じゃあ、組合員リンカーの王子様?」

「やめろ。これ以上属性を増やすな」

 嫌そうな顔でいうが、ウェンディがいつもの様子に戻りつつあるので内心ホッとしていた。


「――ああ、もちろんワールド様のご活躍も大事なのですが、ここでもっと重要なことは、そう、それは姉なくしては起こり得なかった出来事なのです」

「……日傘のおねーさん?」

「そう、そうなのです。グラお姉さまが諦めずに探しに来てくれたからこそ、ワールド様と共にお姉ちゃんサータを連れ出してくれました。……ずっと、自分ですら忘れていた名前を呼びかけ続けてくれた。だからサータは、今度こそ忘れないようにと自分に言い聞かせ続けるのです」

 それは、誰にも想像できないだろう。

 自分の名前すら忘れるほどの悠久の時を過ごすという経験。

 己の名前を必要とされない世界。

 果たしてそのような場所において、壊れずに自我を保つことの難しさとは。


「ええ、ええ。だから、諦めてください」

 淡々とした口調で言う。

「この村を出たって、家族はちゃんと探しに来るのです。連れ戻そうと、どんなに時間がかかろうと、必ず見つけ出して、また帰ろうって手を差し出してくるのですから」

「…………」

 ウェンディは黙って俯いたまま。

 足元に涙をこぼしながら、己の信念の正しさと向き合っている。

 果たして、正しいのか。

 あるいは、軽率であったと恥じているのか。

 他者への迷惑も顧みず、己の欲望のままに走り出したことへの後悔か。

 例えワールドたちからすれば子供でも、その葛藤に悩まされるくらいの思慮分別があるくらいはわかる。

 だから、そう。

 己の中で結論が出るまでは、ただ見守るだけなのだ。


「……お母さんは、きっと私たちを探しにやってくるかな」

「ああ。たとえ宿屋を放り出してでも地の果てまでお前を探しに来るだろうよ」

「だ、だめっ! そんなのダメ! だってお父さんと約束したもの。この宿をずっと続けていくからって! 一生懸命頑張るからって!」

 ワールドにしがみつき、鳴き声混じりに叫ぶ。

「――あ、私のお父さん、ずっと前に、死んじゃって……」

「ああ、女将から聞いた」

「……」

「えっ。確かに見かけないとは思っていましたが、っ……」

 言いかけて、サータも口ごもる。

 この子はすでに、家族との別れを経験している。

 それについては、口出しできないと。


「お前が頑張るんだろう? なら、こんなところで投げ出しちゃいけない。行動を起こせと言ったが、それは自分の好き勝手にすることじゃない。ちゃんと周りを納得させて、さらに自分自身も納得して、それから行動するものだ」

 あやすように、頭をなでながらワールドはささやく。

 顔をうずめながら、声を殺して泣く様子は、さながら本当の親子のよう。


「えっと、ところでリリーちゃん。リリーちゃんは怖くありませんか?」

「怖い……?」

「その、『天使は消えていなくなる』っていうお話。全然取り乱したりせず、ただ一方的にお話を受けて入れているだけっていう印象を受けてしまったので……」

 サータの言葉はもっともだ。

 二人の言い争いの一部始終を見ていたが、それはウェンディの一方的な通達に見え、それを聞いたリリー側は動揺こそせたものの、終始落ち着いていた。


「……私には、先のことを考える余裕なんてありません。ご存知だと思いますが、この村は『聖女』によって生き永らえている村です。いくらウェンディのお店で出されるアップルパイを名物料理にしたところで限界があります。私たちは寂れていく村を絶やさまいと、ただ役割を演じるより他に無いと思っていました。だからウェンディの申し出は考えもしなかった内容で、ずっと混乱していました。今でも――それが正しいのか、間違っているのかさえ、わかりません」

「……なんという落ち着き様。これが『聖女』たる由縁ですね。何となく、サータに足りないものがわかった気がします」

 サータは一人頷く。

「あ、そ、それは……」

 リリーは何かを言いかけて、しかし口を噤む。

 ちらりとワールドの方を見たような気がするのは気のせいだろうか。


「それにしてもワールド様、そうやっているとまるでお父さんみたいですね」

「せめてそこは兄くらいにしておけ。ああ、だが、そうか。親になるとは、父親として扱われるというのはこういうことか。ふふっ」

 珍しく、ワールドが声に出して笑みを浮かべる。

 自嘲や誂いからくるものではなく、郷愁によるものだ。

「もし、お父さんが生きてたら、お兄さんみたいな感じだったのかな」

「……どうだか。俺は反面教師的になら、あるいは少しくらいはまともな父親像を目指しているのかもな」

 再び笑う。

 それは明らかな自嘲。


「……?」

 ウェンディは言葉の意味が理解できず、ワールドを見上げる。

「そういえば――ワールド様のご両親のお話って、全然聞いたことがありません」

「話したことはないし、話すつもりもないからな」

「えー。サータ、気になります」

 目を輝かせながらワールドを見つめる。

「……え、あ、あの……あまり込み入った話は聞かないほうが良いんじゃ……」

 空気の読めるリリーはワールドの態度から不穏な空気を感じ取る。

「いや、いい。そうだな、ある男の話をしよう。といっても、こいつみたいに長くは話さん」


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