26 とある幽閉少女の話1

「――どうし、て」

「何、簡単なことさ。村人は『聖女』について多くを語ろうとしなかった――これは旅人である俺たちに、その正体を知らせないようにしていたのかもしれないが。そして村長の娘であるリリーについても、村人は最近見ていないという。これは聖女としての役割を果たしているから、自由に外を出歩いたりも出来ないのだと予想される。そして、ウェンディは聖女を知っていると答えた。その上で二人が居なくなったと考えれば、おそらく聖女を連れ出したと結論づけられる」


 ワールドの推理に何も言い返せず、二人は黙って俯いている。

「まぁ、何という推理力でしょう。ワールド様は探偵にでもなれるのでは?」

組合員リンカーで芸術家で探偵とか属性が多すぎる」

 そもそも一番の理由はサータが予知した内容によるところが大きいのだが、二人の前でそんなことを言えるはずもなく、そしてその事実に気付いていないであろうサータをため息混じりに見ていた。


「え、ちょっと待ってください! さっき『連れ出した』とか『連れ戻し』とか言ってましたよね。それは、どういう……」

「文字通りの意味だろう。二人は村を出ようとしているだろうし、俺たちはそれを止めるために来た」

「ええっ!?」

「……お前は少し鈍いな。察するとか、知ったかするとか、もう少しあっても良いと思うぞ」

「ワールド様に言われてはお終いです!」

 本気でショックを受けたらしく、頭を抱えてしゃがみ込む。

「……え?」

「お兄さんに言われたら、お終いだと思う」

「…………えっ?」

 ウェンディの呟きが本気で理解できないワールドだった。


「……ま、まあそうは言っても、お前が出ていこうと思うまでに至った経緯は想像がつかない。なぜ、そんな無茶をしようと思った?」

 ワールドの問いかけに暫く黙っていたが、少し考えてから口を開く。

「お兄さんたちが言ってたでしょ。『天使になったら、やがてこの世界から消えてなくなる』って。しかも聖女は天使と同じ存在だって」

「昨日のお話、やはりしっかり聞こえていたんですね」

 サータがしゅんとうなだれる。

「つまり――『聖女』はいつか居なくなってしまうんでしょう?」

 ウェンディの声は弱々しい。

「そんなっ」

 リリーが同様に、絶望の声を上げる。

「……そう。そうなの、リリー。だからこのままじゃいけないと思うの。今のまま聖女の真似事を続けるだけなんて耐えられない! 明日には消えていなくなってしまうかもしれない。明日は大丈夫でも明後日は。そんな不安に押し潰されてしまいそう」


「それは……、村を出ていったところで変わらないぞ」

 ワールドは冷静に、しかし優しく話しかける。

 頭ごなしに否定するつもりはない、という意思表示だろう。

「でも! だからって消えてしまうまで何もせずに同じことの繰り返しも嫌なの。もちろん宿のお仕事が嫌ってわけじゃない。だけど、変わりたければ行動を起こせって、お兄さんも言っていたでしょう!」

 その言葉を持ち出されると弱い。

 昨晩のワールドの話が引き金になったのは疑いようもない事実だろう。

 しかも、行動を起こすきっかけとなったのもまた、ワールドの言葉である。


「しかし、村を出たところでどうする。誰の助けも借りないで二人で生きていくつもりか。この世界は、そんなに生きやすい世界じゃない」

 知っているのだ。

 終末に向かい緩やかに進行を続けるこの世界では、不安と恐怖が人々の心を徐々に蝕んでいる。

 呑気な風来坊気取りなど、所詮平和な時代の遺物である。

 見聞の旅などよほど余裕のある者か、もしくは今を生きるのに必死な無頼の輩。

 旅人に対する客観的な評価はこんなところである。


「そ、それでも。私はリリーと一緒に居られないなら意味がないの。同じ村にいるのに全然会えない、一緒に遊ぶことさえ、おしゃべりすることさえ出来ないの。本当はすぐ近くに居るはずなのに、まるで見えない壁に隔たれているよう。ここに居たら、ずっとその関係のまま最期を迎えてしまいそう。私は……そんな寂しい思いをするのは嫌だし、リリーにもさせたくない」

 ウェンディの心からの叫びだった。

 ずっと、真剣な眼差しで心の吐露を三人は聞いていた。


「ねぇ、ウェンディちゃん」

 サータが諭すように話しかける。

「ウェンディちゃんは本当にリリーちゃんが好きなんですね」

「うん」

「でも、二人だけで急に居なくなったりしたら、みんなびっくりしちゃいます」

「それは――」

「今だって二人が居なくなったって心配して、みんなが探してます。誰かが居なくなっちゃうのってとても大変なことなんですよ」

 普段通りの軽快な声で言うが、それは彼女自身の経験を思い起こさせるような重い言葉だ。

 当事者にとっても、周囲の者にとっても同様だ。


「じゃあ、お姉ちゃんサータのお話をしましょう」

 サータは腰に手を当て少し前かがみになり、二人に向かって微笑みかける。

 年長者が年少者に対して言い聞かせをするような、そんな立ち振る舞いだ。


お姉ちゃんサータは遠い遠い西の方にある湖の近くの村で暮らしていました。何一つ不自由なく、とても頼れる姉や両親と一緒に、毎日お仕事を手伝ったり、遊んだり、それはそれはとても満ち足りた生活でした」

 本当に昔を懐かしむように語るサータの言葉は、その事情を知っていればいるほど重い。

 二人の幼子にはまだ伝わらないのだろうが。


「しかし、ある日突然都からたくさんの人がやってきました。そして『お前は天使だ』と言われ、一人村から連れ出されてしまいました」

「えっ? 一人だけ? フードのおねーさん一人だけなの?」

「そう。それからお姉ちゃんサータはどこかよくわからない場所に連れて行かれて一人ぼっちです。時には仄暗い暗渠のような場所に、時には絢爛豪華な建物の地下牢に、それから、どこか監視塔のような建物の一室。もしかしたら他にもあったのかもしれませんが、覚えていません」

 サータの話にはワールドも知らない事実があった。

 ずっと一箇所に閉じ込められていたと思っていたのだが、実は何箇所も移動していたのだ。

 その理由まではわからないが、いずれにせよ少女が絶望の淵に陥るには十分すぎる。

 体力の消耗、精神の衰弱。

 もしかしたら『天使病』の発症のために利用されたのかもしれない。

 もはや人体実験ではないのか。


「そうやって、十年以上の月日が流れ、もう自分の名前すら忘れていました。ただ生きるために今日を生き、明日を迎える。目的もなければ理由もない。死ぬことも許されず、かといって生きているわけでもない。そんな感覚でした」

 二人の少女は彼女の過去をどんな想いで聞いているのだろうか。

 淡々と語る様子はその過去を乗り越えてきたという証なのだろうが、それをわかっていてもなお、聞いているだけで心が苦しい。


 そしてサータは振り返り、ワールドを一瞥して微笑みかける。

 それからまた少女たちに向き直り、同じトーンで話を再開する。

「――でも、そんな毎日に終わりを告げる、一筋の光が差し込んできたのです」

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