25 それは夢で見た光景

「おーい、そっちはどうだー?」

「ダメだ、居ねぇ」


 何人かの村人がすでに探し回っていたが、尋ね人は一向に見つからない。

「俺ぁ村の出入り口付近の畑で野菜を採ってたんだが、多分村の外には行ってねぇと思うんだ。それこそ人影があればすぐに気付くからな。宿屋の女将の娘さんは通ってねえのは間違いない」

 彼の言葉を信じるなら、二人はまだ村の中にいることになる。


「え、ウェンディちゃん? うーん、見てないわねぇ。リリーちゃん……は、どうかしら」

「村長のとこの娘さんは最近姿を見てないんだ。宿屋の娘さんなら昨日も見たよ。え、今朝? 今朝は見てないなぁ」

 通行人に聞いても的を射た答えは帰ってこない。

 それどころか。

「あの……少し疑問があるのですが」

「当ててやろうか」

「わかるのですか!?」

「どうしてみんなウェンディのことばかり口にして、リリーのことはぼんやりとしか答えないのだろう、ってところだな」

「流石ワールド様。サータの心など、すでに掌握していらっしゃるのですね!」

 お前はわかりやすいからな。

 とは心の中だけにとどめておいた。

「もしかしてリリーってのは――」

「あっ、そうだ!」

 ワールドの声をかき消すように、大きく手を叩きながらサータが声を上げた。


「もしかしたら、ウェンディちゃんが言ってた『村の人も知らない秘密の場所』に居るかもしれません!」

「なるほど、可能性は高いな」

 昨日案内してもらった秘密の抜け道に向かっていく。


 元々人の往来も殆どないような場所にある、子供が通れるくらいの小さな隙間は茂みに隠されており、周辺には誰もいなかった。

 赤ん坊のように小さな抜け道に這い入り、奥へと進んでいく。


「――あ」

 開けた先に。

 小さな影が二つ。

 垣根のようなものでこちらの姿は隠されているが、小高い丘のようになっている広場のような空間には背中を向けている子供が二人、何やら言い合いになっている。


「ワールド様、あれ、ウエンディちゃんでは……って、どうして紙とペンを取り出して座り込んでしまうんです?」

 思わず見た通りのことを声に出してしまう。

「ふむ。これは描くに足る光景だ。いいか、あの二人に見つからないように大声を出すなよ。あと何か動きがあれば教えろ」

「ああっ、ワールド様が本格的に作業に入ってしまわれました。わかりました、不肖サータ全力で見張ります!」

「そんなに気張らなくていい。あと静かにな」


「お相手の方はリリーちゃんでしょうか。後ろ姿でもキレイな黒髪の、おしとやかなお嬢様という雰囲気が伝わってきます」

 ウェンディの隣りにいる少女。

 彼女より少し背が低く、ちらりと覗かせる横顔からも整った顔立ちということが伺える。

 服装や所作からも、裕福な家の娘という印象を受ける。

 村長の娘ということならば、確かにそう見える。


 だが。

 ワールドの筆はその少女よりも、ウェンディに対して進んでいるように思える。

 見知らぬ薄幸の美少女よりも気心知れた元気娘のほうが親近感が湧くとでも言わんばかりに、ウェンディの描写に力を入れている。

 二人を中心とした風景を次々と描いていく。

 奥に広がる青空はうっすら白く、また雲ひとつない快晴ではっきりと二人を映し出している。


「あっ」

「なんだ。もう少しで完成するというのに」

「な、なにやら動きがありそうですっ」


 ウェンディの声が聞こえる。

 何を言っているのかは聞こえないが、より一層声が大きくなっている。

 逼迫した状態だというのは遠目からでも見て取れる。


 少女の手を握り、もはや喚くに近いほど口を大きく開けて相手に訴えかけている。

 黒髪に手をかけながら困惑する少女。

 その手を再び取り無理矢理にでも村の外に出ようという動きを取る。


「――これ」

 サータが表情を変える。

「サータが見た予知夢と同じ光景です!」


「――っ!!」

 サータの声に反応して、ウェンディが振り返る。


「き、気付かれそうですっ」

「ええい、動物の鳴き真似でもして誤魔化せ」

「は、はいっ。……ヒヒーンッ!」

「馬かよ!」

 予想外の出来事にワールドがツッコミ役に回る。

「……お兄さんとおねーさん、何やってるの?」


「あの。ウェンディ」

「大丈夫よ、リリー。この人たちは私のとこのお客さん。だけどじゃないの。それに、私は昨日このお兄さんのお話を聞いて決めたのよ」

 ウェンディの目はリリーと呼ぶ少女をまっすぐに見つめ、何かの決意の表れのように大きく見開いている。


 話題に出されたワールドが黙っているのでサータが話を切り出す。

「ああ。やっぱりこちらがリリーちゃんですね。初めまして、サータと申します。こちらの方はワールド様です。リリーちゃんはウェンディちゃんのお友達ですか?」

 柔らかい物腰でリリーに話しかける。

 姿勢を低くし、相手の目線に合わせて微笑みかける様子に緊張が解けたのか、ゆっくり首を縦に振る。


「村のみなさんが二人を探していますよ――の前に、先ほど何やら言い合っていたように思いましたが、どうしました? ケンカはダメですよ」

「あ……えっと、ケンカとかじゃなくてね」

「ねぇウェンディ。この人たちになら……」

「だめ、それはダメ。……お兄さんたちも、私たちを連れ戻しに来たの?」

 ウェンディの口調が厳しくなる。

 それは初めて聞くような、警戒心をむき出しにしたような声だった。


「連れ戻し、か。つまりお前たちは村の外にでも行こうと考えていたってことだな」

「――っ!」

 ワールドの言葉に二人は固まる。

「え? そ、そういうことだったんですか!?」

 状況が飲み込めていないサータは上ずった声を上げる。

「まぁ、言い争っていた内容もおおよそ見当はつく。そのための確認事項だが」

 言って、リリーに顔を近づける。

 表情を作ることもないが、大の男が眼前に迫るだけでも威圧感がある。

 リリーは思わずたじろぐ。

 不安そうに見つめるウェンディだが、体が動かずどうすることも出来ない。

 ワールドはしばらく無言でリリーを見つめ、やがて口を開く。


「――お前が『聖女』だな」

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