24 消えた子どもたち
「おはようございます、ってどうなされたんですか!?」
ワールドの顔を見るなり一番に声を上げる。
一晩経ってもまぶたの青あざは完全には消えず、少し腫れている。
「いや、ちょっとな……」
「どーせお風呂で転んだとか、間抜けな理由でしょ」
ベッドから起き上がることもなくグラが言う。
「朝ごはんを食べに行きますが、お姉さまはどうなさいますか?」
「アタシはパス。朝の日差しは特に苦手なのよ。もう少ししてから行くわ」
「了解しました。ではワールド様、……傷の手当をしてから行きましょうか」
鏡を見ていないのでわからないが、そんなに心配されるほど酷い見た目なのだろうかと不安になった。
「おはよう――ああ、アンタか。昨日は悪かったね」
ホールには女将が料理を運んでいて、ワールドを見るなり近寄って詫びを入れた。
触れてくれるなと苦い表情のワールドと、その表情を不思議そうな顔で見つめるサータ。
気になるが、しかし聞いてはいけないような気がして、あえて何も聞かない。
空気の読める子。
「朝食だね、ちょっと待っとくれ」
そう言って女将は奥に戻る。
周囲を見ると、宿泊者で他に食事をとっている者は居ないようだ。
しかし、それ以上に気になることがある。
「ウェンディちゃんが居ないのです」
昨晩の出来事。
あれから彼女には何も聞けずじまいで、翌朝にでもなればと考えていた。
しんと静まり返ったレストランホールには元気娘の姿がなく、それだけで寂しさが増す。
「なぁ女将、看板娘はどうしたんだ」
料理を運ぶ女将に尋ねる。
「ああ、それが朝から姿を見ないんだよ。いつもなら朝食の準備を手伝ってくれるんだけど。起きた時にはもう居なくってさ。散歩にでも出かけたかねぇ。このくらいの人数ならあたし一人でさばけるから良いんだけど」
運ばれてきた料理は新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダにふわふわのパン、そして昨夜と同じくアップルパイ。
「またアップルパイなのです、やったー」
「おかわり自由だ。たんと食べておくれ」
しばらくして、ロマンがやってくる。
「よお学者様、お早いことで」
「どこにいようと規則正しい生活を送ることで健康を維持できるんですよ。おはようございます」
「おはようございます」
「おや、たしかお三人だったような。もうお一方は?」
二人を見てロマンが尋ねる。
「あいつはまだ寝てるよ」
「お姉さまは朝に弱いのです」
「なるほど。ああ女将、私にも朝食を」
次の料理を運んできた女将に声をかける。
「はいよ。ついでにうんと濃い目のコーヒーも、だね?」
「さすがよく覚えていらっしゃる。ええ、お願いします」
「――ノーマ! 女将のノーマは居るかっ!?」
飛び込んできた声は慌てふためく中年男性のもの。
血相を変えて扉を開け、テーブルに両手を付きながら息を整える。
「なんだいジーン村長。珍しいね、あんたがここに来るなんて」
対する女将は落ち着き払った声で迎える。
「っはーっ、はー、……ふう」
見たところ、肥満体型である。
呼吸を整えるにも時間を要する。
「おいっ、ウェンディはどこだ!」
「今度はウェンディかい? あたしも見てないけど、どうしたんだい」
村長と呼ばれた男は鼻息荒く、トマトのように顔を赤くして怒鳴る。
「リリーが、儂の愛娘のリリーが居なくなったのだ!」
「……ああ?」
「召使いによると、朝早くに家を飛び出していったという話だ。しかも途中でお前のところのウェンディと一緒にいるのを見かけたという目撃情報があるのだ」
「だとしても、そんなに血相を変えてまでやってこなくてもいいじゃないか」
「ええい忘れたか、今日は『儀式』の日だぞ。その準備であやつには朝から支度があるというのに、どこをほっつき歩いておるというのか……」
「ああもうわかったわかった。落ち着いたら探しに行くから」
二人のやり取りを聞いていたワールドが間に入る。
「ならば俺たちが探しに行こう」
「……なんだって」
「ワールド様?」
「よくわからんが、ウェンディとリリーって子供を探せば良いんだろう? なに、食後に丁度いい運動ができると思えば。構わないか、サータ」
問われたサータはにっこり笑って応じる。
「良いのかい、お客さんにそんなことを頼むわけには……」
「言っただろう。散歩がてらついでに探すだけだ」
立ち上がり、早々に宿屋を出ていく。
それを遅れじと必死でサータがついていく。
「……なんだ? ま、まぁ良い。儂ももう一度周辺を探してくる。もしも戻ってきたらすぐに報告しろ!」
しばらくして、ジーン村長も外へ出ていく。
「ワールド様。どうなさいました? なんだか少し焦っているように見えるのです」
足を止め、無言で佇む。
心配そうにサータが顔を覗き込む。
ずり落ちそうなフードを両手で支え、見上げた顔は暗い。
「……嫌な予感がする。残念だが、外れて欲しい予感ほど的中するものだ」
ワールドは昨晩のことを思い起こしていた。
大浴場での出来事。
何かを決意したような表情が脳裏をよぎって離れない。
「行くぞ。手遅れになる前に」
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