21 天使のその先

「ウェンディちゃん? どうしたの?」

 背後に立つグラが心配そうに声を上げる。

「やだ……うそ……そん、な……」

 うめき声のようなつぶやきをあげて、そのまま走り出してしまう。

「あっ、ちょっ!」

 グラが追いかけようとするより早く、その姿が見えなくなる。


「お帰りなさいませ、お姉さま。あの、さきほどの方はウェンディちゃん、でしょうか?」

 何が起きたのかよくわからないままにサータが言う。

「え、ええ……ちょっと一緒に話を聞こうかなって。って、それよりも、何よ今の! 子供に聞かせていい話!?」

「いや、お前が連れてきたんだろう?」

 当惑しながらワールドが答える。

「っ、そ、そりゃ、そう、かも……しれないけど」

 怒りに身を任せていたが、よくよく考えるとワールドには何の落ち度もないことが判明したので語尾が弱まっていく。


「何を話していたかは知らんが、夜も遅い。あの子に今から話をするより、明日改めて聞きたいことを聞いた方が良いだろう」

「……そうね」

 部屋の外をもう一度見て、ウェンディが戻ってこないことを再確認してからグラは部屋の扉を閉める。


「あの子にね、聖女と天使の違いは何かって尋ねられたの。アタシは同じようなものだとしか答えられなかった。だからあの子は、天使と聖女を同一視していると思う。いや、そうさせたのはアタシなんだけど……」

「仕方あるまい。それは紛れもない事実だ」

「ああ、もう、どうしよう。ウェンディちゃん。怒ってないかしら? それとも悲しんでる? 明日から避けられたりしたらどうしよう」

 グラは頭を抱える。

「よくそんな精神力で今まで旅してこられたな」

「お姉さまは豆腐メンタルなのです」

「繊細とか言いようあるでしょ!?」


 ベッドに腰掛け、グラが改めて二人の方を見やる。

「で、さっきの話は本当なの?」

 ワールドは立ち上がり、二人を見ながらベッドに戻る。

 三人が互いの顔を見合わせられる場所に陣取り、いよいよ議論の場となる。


「天使になったら消えていなくなるって……はっ!? 消える!?」

 言葉にして出すとより一層深刻な内容であることを再認識する。

「大声を出すな。あの眼鏡をかけた男、旅人ではあるが本職は学者だ。それも『天使病』に関する研究だ」

 天使病という単語に二人共反応し、ピクリと体を動かす。

「つまり、この村には研究のために来た、ということでしょうか」

「表向き聖女に対する願いはあるような口ぶりだったが、一番の目的はそいうことだ。俺たちと同じく、あの男も聖女が天使であると確信している」

「それで意気投合して話し込んでたってこと?」

「意気投合という表現が正しいかどうかは置いといて。各地で天使に関する情報を探し歩いているらしく、いつごろ、どのあたりで天使病罹患者が発生したかというデータをまとめて持っていたよ。おそらくお前たちの情報も把握していたよ。湖の畔の村で約十年前に発生した天使事例。たまたまその場に居合わせた預言者に『お前は天使だ』と宣言され、数日のうちに使いがやってきた、と」

 ワールドの説明はまさしくその通りで、二人はただ頷くことしか出来なかった。


「――って、サータにこんな話聞かせていいの!?」

 重苦しい沈黙の中、グラが慌てふためきながら口を開く。

「ええ、ええ。良いのです、お姉さま。サータがワールド様に聞かせてほしいとお願いしましたから」

「落ち着いているな、お前は」

 それほど意外そうでもないという様子でワールドが言う。

「もちろん驚いてはいます。ですが、予想もしていました。もしも天使になった後も普通に暮らしていけるのなら、もっと人と天使が寄り添うお話が聞けるはずです。それがまったく無いということは、天使になったら人間として生きることは出来ないのだろうと」

 サータの言葉は心の通ったはっきりとした声で語られ、そこには諦観というよりも達観した覚悟が見て取れた。


「そんな悲しい顔をなさらないでください、お姉さま。サータは最期の瞬間までお姉さまと一緒に。それがサータの願いです」

「……ホント、アンタは強いのね」

 ベッドから降り、サータのもとに向かいぎゅっと抱きしめる。

 震える背中をワールドは無言で見ていた。


「今夜は同じベッドで寝ましょう。良いわね」

「ええ、よろこんで」

 満面の笑みで笑うサータと、泣き腫らした目を再びうるませながら微笑むグラ。

 密かに創作意欲が湧き上がっていたワールドだが、流石に言い出せずにただ黙って見つめていた。

 手先だけを動かしていたワールドの様子をサータは見逃さない。

「はっ。ワールド様、もしやサータたちを描きたいのではっ! この麗しき姉妹愛を作品として残したいのではっ!」

 図星を突かれた。

 たとえそれが正しかったとしても、ついさっき『創作の範囲外』宣言をしたばかりの相手にそれを撤回することもまた、彼は認めない。

「……いや、いい。それより寝る前に風呂に行ってくる」

「あうー……これでもダメなのです」

「……アンタが今行くなら、アタシは朝でいいわ」


「ああ、そうだ」

 部屋を出る前に振り返り、二人を見る。

「お前たちの正体については口外するな。あの学者もどこまで信用できるかわからないし、今は聖女に関する情報も無い。余計なことを喋ると足をすくわれるかもしれないからな」

「はいはい、わかってるわよそんなこと……ふぁぁ……」

 あくびをしながらグラが応じる。

「サータたちはお先に寝ているのです。おやすみなさいませですぅ……」

 言い終わると同時にベッドに横たわる。

 二人とも、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。


 眠る様子は双子そのものだと呟き、部屋を後にする。

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