20 夜半に告げる真実2
「お帰りなさいませ、ワールド様」
ワールドが部屋に戻ると、寝間着姿のサータが正座を崩したような格好でベッドの上に座っていた。
体の周りに湯気が立っているのが見て取れる。
おそらく湯上がりだ。
「もしかして風呂に入ったのか。ふむ、そんなに長い間話し込んでいたのか……」
「お風呂には入りましたけど、サッと入ってすぐに上がりました。お二人がいつ戻ってきても良いようにと。それでもポカポカです。スゴイですよ、大浴場です」
サータはパタパタと手で顔を仰ぐ。
銀色の髪に白い肌で湯気が立っていても、暑そうというより寒そうに見える。
「グラはまだ戻ってないんだな」
「そうなのです。夜の世界はお姉さまのものですから、自由な蝶となって飛び回っているのです」
「多分その表現は間違っていると思うぞ」
「……あれー?」
そのままの姿勢でベッドに横たわる。
ぼふっ、という音が掛け布団のふかふかっぷりを如実に示している。
「……そういえば、二人きりですね」
「そうだな」
一番奥のベッドに腰掛けてワールドが答える。
意外にも、この二人の組み合わせというのは初めてだった。
ワールドとグラが出会い、二人でサータを連れて逃げ出した後は基本的にはいつも三人で行動していたので、のんびりと過ごす機会が訪れなかったのだ。
必要に応じて三人が別行動を取ることこそあれ、日中は動けないグラと、幽閉されていたはずなのに警戒心が無さすぎるサータ、この二人を放っておいて自由奔放に行動することはワールドには出来なかった。
あくまでも目の届く範囲で好き勝手に行動していた。
そこが二人に面倒見が良いと評される所以でもある。
「これはつまり、サータがモデルになって一肌脱ぐという展開に違いないのです」
寝転がったまま、上になっている肩を少しはだけてみせる。
「いや、良い。俺も今日は疲れた」
「ぶー」
「……お前はそんなにモデルになりたいのか? それともただ脱ぎたいだけなのか?」
「『モデルと言えばヌードに決まってる! 芸術とかなんとか言って結局のところエロスなのよ! いやらしいのが好きなだけよ芸術家なんて!』とお姉さまが力説しておられましたので、そういうものかと」
顔だけワールドの方に向けて寝返りを打ち、グラの声真似をしながら言う。
いかにもな口調で声真似をしているのだが、双子だから普通にしていても似ているのに、とは思うだけで口にしない。
「あいつは考えが極端すぎるな。馬鹿なのか」
「でも、ワールド様は常日頃から『天使を描いてみたい』とおっしゃる割にはサータをモチーフにして作品を生み出そうとはなさいませんね。ちょっと残念です」
少し寂しそうな表情でサータは言葉をこぼす。
「……俺にとって天使は、天使病罹患者とは、今にも消え入りそうな儚さを含んだ、それこそ病的な存在だ。作品の完成と同時に消滅してしまいそうな、薄弱で薄幸で、だからこそ生命の煌めきにも似た美しさがある。その儚い瞬間を切り取ったような作品こそ、俺の心が揺さぶられた時に生み出したいと願い作り上げる。俺の芸術に対する行動原理はそれだけだ」
「ええっと、つまり……?」
「お前は天使病罹患者にしては元気すぎる。生命力に溢れすぎていて俺の創作意欲の範疇にない」
「!!!???」
サータは呆然として、口から魂が抜ける。
ただでさえ白く見える顔がさらに真っ白になった。
「おかしいな、褒めているのだが」
「サータにとっては褒め言葉ではないのですぅ……」
寝返りを打ち、枕に顔をうずめながらつぶやく。
「ただでさえ栄養不足で未成熟、さらに天使病で成長が遅れている存在ですよ。芸術のモチーフとしてはもってこいなのです」
「そういう図太さだな、生命力に溢れているっていうのは」
確かにサータの見た目は十四、五かどうかという容姿で、大人びているグラと比べるとやはり幼い。
顔つきは同じでも、背丈の低さから姉妹にしか見えない。
「サータのような天使の役割は、見世物的な存在だと思っていたのです」
「見世物か……偶像崇拝の信仰対象をそう呼ぶのなら、まさに見世物だな。といっても天使病罹患者は街の守護霊みたいなものだから、あまり表に出てくることはないけどな」
この村の聖女と呼ばれる存在が公の場に姿を見せていないように、存在していることに意味があるとでも言うべきか。
天使病罹患者が居ることで、終末が訪れても天使が救済してくれる。
帝都でにわかに信じられている天使信仰とはおおよそこのような内容である。
「そういえば、天使の話題でずっと気になっていることがあるのです」
「なんだ」
サータは体を起こし、ワールドの方に向き直る。
「天使病を完全に発病した存在は、つまり『本物の天使』になった後はどうなるのでしょう。そのことは誰も知らないし、教えてくれないのです」
そうなのだ。
おとぎ話。言い伝え。伝承。天使信仰。
いずれも天使に『なる』までの話はあれど、その先がないのだ。
人が人でなくなってしまった後、どうなってしまうのか。
そもそもが人の身であれば、語ることは難しいかもしれない。
「――ちょうどその話を、さっきの学者としていたところだ」
「まあ! そうだったんですね。なんてタイミングの良い」
「そうだな」
声を返すワールドの表情は浮かない。
それには気付かず、サータが続ける。
「教えて下さいワールド様。天使になった、その先を」
「……ああ」
うつ伏せに寝ているサータのもとに行き、しゃがみ込む。
応答してサータも体を起こす。
二人の目線は同じ高さにあり、お互いにしっかりと見つめ合う。
「天使病を患い、人でなくなった者は、つまり――」
不意に、扉の開く音がした。
ワールドの言葉は止まらない。
「――天使になった者は、人の目には映らなくなり、やがてこの世界から消えてなくなるらしい」
「…………えっ?」
声を発したのは、ウエンディだった。
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