19 夜半に告げる真実1
「……静かね」
村外れ、一人きり歩きながらそっと呟いた。
少しだけ肌寒さの残る夜だった。
北に位置するだけあって、昼間の暖かさから比べると何か羽織るものが欲しいくらい。
いつも日傘を日中の日除けとして使っているのだが、風除けとして夜に使うのも悪くないのかもしれない。
そんなことを思うくらいには、やはり肌寒い。
「そういえば久しぶりに一人で居る気がする」
元来、グラという少女は孤独を好む傾向にあった。
たまたまワールドやサータと共に行動しているが、ワールドに会うまでは一人旅を続けていたし、自分を助けてくれた師匠のような存在は居ても、基本は一人だ。
そして、ワールドのように自信家でもなければ、サータのように誰とでも仲良くなったり、議論を交わしたりできるような人懐っこさがあるわけでもない。
また全身黒い衣服に黒い日傘なのも人を寄せ付けない原因となっている。
が、おそらく彼女はそれに気付いていない。
月明かりしか照らさない漆黒に似合いすぎる衣装で闇に溶け込む。
昼間は入れなかった建物を見に行くと、見張りもなく、明かりも灯っておらず中には誰も居ないようだった。
外観をぐるりと見回して、裏側に回ると小さな勝手口のような扉があった。
「ここから聖女様が出入りするのかしら」
中に入ってみたいという好奇心と、もし何かやらかしてしまったらという不安とが葛藤し、不安が圧倒的勝者となった。
「儀式のための建物なら、変わった細工とか施しているかもしれないし」
そう自分に言い聞かせ、礼拝堂のような施設を後にする。
「――あっ、日傘のおねーさん!」
「ひゃっ!」
「大丈夫、私オバケじゃないよ。ウェンディだよっ」
道すがら、急に声をかけられてグラは小さく悲鳴を上げてしまう。
振り返ると、エプロン姿のウェンディが立っていた。
白いエプロンだったが、裾の部分がところどころ黒ずんでいる。
料理の手伝いの際にでもついた汚れだろう。
「あ、ああ。ウェンディちゃんね。びっくりしたぁ……」
「ごめんねっ、おどろかせちゃった」
「アタシの方こそびっくりさせちゃったわね、ごめんごめん」
「傘を差してないのと、夜道で暗くてよく見えなかったから少し自信なかったけど合ってて良かったわ!」
「ああ、そうね――そういえば、よく日傘がないのにわかったのね」
「そりゃあお客様の顔はちゃーんと覚えているもの!」
でも、名前では呼ばないのね、とワールドのようには言えず微笑むだけのグラだった。
「ウェンディちゃんはどうしたの? こんな暗いのに出歩いちゃ、お母さんも心配するわよ」
「あのね、あっちに畑とりんごの木があるの。そこで毎日お祈りしてるの。美味しいりんごをありがとうございます。明日もりんごをお願いしますって」
そう言って、ウェンディは両手を組み重ね、目を瞑り祈りを捧げるような仕草をする。
ひざまづいた時に裾が地面に付き、それが黒ずんだ原因のようだ。
「へぇ……立派ね。ああ、それであんな美味しいアップルパイが毎日食べられるのね。偉い偉い」
「えへへ、褒めてもらっちゃった」
「でもこんな夜に出歩くのはやっぱり良くないわね。これからは日中とか、明るい時間にしないと」
「今夜は特別なの。でも、うん……これからはもっと早い時間に祈るわ。夕食のお手伝い前とか」
「ええ、それが良いわ」
「おねーさんはもう宿に戻るの?」
「んー、ちょっと寒いし、もう戻ろうかしら」
「じゃあ私も一緒に戻る。良かった、一人だとちょっと心細かったの」
「良いわよ、じゃあ戻りましょうか」
「うんっ!」
しっかり者だが、やはりどこか子供らしい一面もあるのだと安心して、ウェンディに微笑むグラだった。
「――天使?」
ウェンディが不思議そうに声を上げる。
「そう、天使。アタシたちは天使を探しにこの村にやってきたの」
帰るまでの道中、彼女たちが村を訪れる理由の話になった。
「でも、天使なんてこの村には居ないよ?」
「もしかしたら、『聖女様』が天使なのかなーって」
「えーっ、そんなわけないよぅ」
ウェンディの反応は当然である。
本来、聖女と天使は結びつかないのだ。
聖女は聖女であり、天使は天使である。
だから『天使病』などという表現自体、都会を離れると地方ではまず耳にしない。
「そもそも天使と聖女の違いって、なぁに?」
「えーっと、何だったかしら。説明が難しいわね……。天使になる前が聖女、みたいなもの? って表現していたような」
「聖女はみんな天使になるの?」
「うーん、そうなるのかしら?」
グラも首をひねる。
実のところ、彼女もよくわかっていないところがある。
「天使になる前触れみたいなものがあって、それが当てはまれば天使になるって言われているけど、聖女とか聖人と呼ばれる人が全員天使になるのかと言われるとそうでもないし、うーん……」
無作為に手を動かす。
日傘を持っている感覚で指を絡めたが、虚を掴み無意味な動きをしただけだった。
「
「え、ええ。多分」
「じゃあおねーさんたちのお部屋に行っても良い? なんだか気になっちゃった」
ウェンディが上目遣いで尋ねる。
「ま、いっか。良いわよ。悔しいけど、アイツなんだかんだで物知りなのよね。アタシじゃ上手く説明できないこともちゃんと説明できるし。言い方はちょっとアレだけど。あームカつくわね」
「……お兄さんとおねーさんは仲良しさんなの、よね?」
少し不安気味にウェンディが言う。
「……少なくとも、感情を素直にぶつけるくらいには、ね」
やや悩んだ後、ため息混じりに返した。
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