17 聖女を求める旅人たちの饗宴2
「――さて、向こうはかしましいからこっちで食事させてくれ」
騒動からいち早く抜けたワールドは隣のテーブルへと移った。
そちらは残りの宿泊客の席だった。
「男ばかりでむさ苦しいでしょうが、それでもよければ」
中年男性がメガネのつるを持ちながら顔を上げる。
「なに、その方が落ち着く」
ワールドが四人がけの丸テーブルの最後の一席に着く。
「さっきも聞いていたかもしれないが、改めて自己紹介させてもらおう。俺はワールド、あっちの二人と旅をしている。騒ぎ立てているフードを被った方がサータ、隣でなだめている方がグラだ」
「あちらのお二人も姉妹でしょうか。顔つきが似ているように見えますが」
眼鏡の男性よりは若い青年が声を出す。
「ああ。あんたらも兄弟だろ?」
ワールドが隣に座る少年と青年の顔を見合わせながら応える。
少年は恥ずかしいのか、顔を背けてしまう。
「そうです。僕はディラン。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
「は、はい……。えっと、ジョン、です……」
消え入りそうな声で少年は自分の名を告げる。
「すいません。この子は昔から病弱でして、人と接する機会が少なくあまり人に慣れていないところがありまして」
ジョンと答えた少年はそのまま俯いて小さく唸る。
「アンタたちは旅慣れているように見えるが、そっちの人は?」
眼鏡の男性に問いただす。
「私はロマンと申します。お察しの通り、旅人というわけではありません。あえて言うのなら学者でしょうか。こちらには息子の病気を治してもらおうかと思いやってきました。とはいえ聖女の噂は聞けど、それが真実かどうか見極めるまでは息子を連れ出すわけには行かないと、まずは私一人で」
「へぇ」
「いやぁご立派だ。僕なんて聖女様の話を聞いたら弟をすぐさま連れてやってきてしまった。後先考えずに行動してしまったものです」
「それほど切羽詰まっていたという事でしょう。立派な兄上ですよ」
こちらのテーブルは終始和やかに話が進んでいく。
隣のテーブルで巻き起こっている惨状は見てみぬことに決めたワールドだった。
「ところでワールドさん、あなたたちはどうしてこの村に?」
ロマンが問いかける。
「たまたまというか、成り行きでといったところか。実は村の少し南で大地に大きな亀裂が入っていてな。それを迂回しながら歩いていたらこの村が目に入ったんだ」
サータの予知能力のことは伏せて、偶然この村にたどり着いたという言い回しをする。
「では、聖女の噂を聞いて、その力を求めにやってきたわけではないんですね」
「まあ聖女の噂は道中で耳にしたよ。ただ、それ目当てで来たってわけじゃあないのは本当だ」
ずっと黙って考え事をしていたディランが何かに気づいたように顔を上げる。
「そうだ、ワールド。ワールドといえば赤の
ワールドの腕章を指差しながらディランが叫ぶ。
「……俺を知っているのか?」
少し警戒するように言う。
「そりゃああなたは
そう言って荷物の中から黄色い腕章を取り出す。
「なんだ、そうだったのか。しかも黄色ってことは運び屋か。そりゃあ旅慣れてるわけだ――ああ、運び屋ディラン。どこかで見た名前だと思っていたら」
得心がいったという表情で頷くワールド。
「そうだ。あなたがワールドさんなら教えてほしいのですが、あの人の行方はわかったんですか?」
その問いに、ワールドは苦虫を噛み潰したように口元を歪める。
「――いや。消息不明なままだ。その話はしないでくれ……」
「あ……す、すいません」
ワールドの態度を見てディランが謝罪する。
それは拒絶とも取れる、重苦しい沈黙だった。
重くなった空気を何とかしようとロマンが声のトーンを上げて口を開く。
「い、いやぁ、それにしてもこのアップルパイは美味しいですねぇ! さすが村の名物と言われるだけのことはある。それに他の料理も美味しいですし。この野菜をふんだんに使った麺料理なんて、こんなに美味しいし料理があったのかと驚きですよ」
「とれたて新鮮なお野菜だからね!」
いつの間にかウェンディが横に来ていた。
「眼鏡のおじさんは何でも『こんな美味しい料理は初めて食べた』って言ってくれるの。夕食はいつも一番乗りで待ってくれてるのよ」
「いつも調べ物に夢中で食事は後回しになりがちなのですから。出来たての食事を食べられることがまず滅多に無いもので」
「もう、それじゃ体を壊しちゃうわ。ここにいる間だけでも健康的な生活を送ってね!」
そう言って各席にアップルパイを配膳していく。
「ほう、これが……」
念願のアップルパイを食い入るように見つめる。
焼きたての甘い香りが煙となって鼻に吸い寄せられる。
テカった生地が艷やかで造形の美しさに思わず皿を回したり持ち上げたり、色々な角度から観察する。
「はは、なかなかの興奮ですね」
一足先にパイを口に頬張りながらディランが笑う。
「もう、お兄さん。冷めちゃうから、早く召し上がれ」
「そうだな。……この立体感、やはり素晴らしい」
おおそよ誰にも同意を得られないであろうことを呟き、一口食べる。
甘いが味はくどくなく、こぶし大ほどのアップルパイはあっという間になくなっていた。
「美味い。俺の語彙力ではそれ以上表現しようがないのが悔しいくらいだ」
「ふふっ、最高の褒め言葉ね!」
ウェンディは満足げに微笑む。
「あっ、ジョン君も残さず食べてくれたわね」
「う、うん」
「好き嫌いなく食べてくれて嬉しいわ。ねぇ、明日はとびきり美味しいアップルパイを作るから、ちゃーんと残さず食べてね」
「わ、わかった!」
他の大人たちには大人しくしているジョンだったが、どうやらウェンディには懐いているようだった。
同世代の子供ということで心を開いているのかもしれない。
「じゃあお皿を片付けるわね」
ウェンディが去ったあと、ワールドがつぶやく。
「これを食べたくないと駄々をこねる大人にはなりたくないな」
その呟きも聞かれないほどに、隣では議論が続いていた。
内容は堂々巡りであった。
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