16 聖女を求める旅人たちの饗宴1
「だぁからぁ、朝昼晩三食も続くと流石に飽きるというのは至って正当な主張だと思わないかね、チミィ。若い娘さんなら確かに甘いものは別腹かもしれん。物珍しさからいつもより多めに食べられるかもしれん。しかしだ、よほどの偏食家でもなければ限度というものがある。わかるかね、チミィ」
「いーえわかりません。そんなことありません! こんな美味しいアップルパイを飽きただなんて、信じられません。おじ様は不自由なく食事ができることが如何に幸せかわかっておられないのです!」
「なぁにをーぅ、お前のような小娘に何がわかるものか。幸も不幸も知った顔で持論を述べたところで、所詮小娘の戯言だ」
「その小娘を後ろに立たせておいて自分だけ食事するなんて何様ですか!」
「侍女と主人が同じ席について食事してどうするのだ!」
「ここでは彼女たちは同じ宿泊客でしょう。同じ席で食事するくらい良いじゃないですか!」
バンッ!
木の丸テーブルに両手を叩きつける音がする。
「そうだそうだ!」
「おいっ、ミント。お前がそっちの味方をするのかっ!?」
表情を崩さぬまま、冷徹なメイドはサータに加勢した。
さて、一体何が起こっているのかというと。
円卓に集いし饗宴の参加者は四名。
正確には六名だが、うち二名は座に着いていない。
彼女らはずっしりと構える男性の後ろで従者のように佇んでいる。
――遡ること夕食の時間。
宿泊客は親睦を深める意味でも同じ時間に食事を行うようになっている。
そして、ワールドたちが着いた席には侍女を連れた富豪が同席した。
軽く自己紹介を済ませた後、和やかに食事をとる運びとなっていたのだが。
「言ったところでわからんだろうがなぁ、儂はとある南の島で生まれ育ったんだ。魚なら毎日食ってきたし飽きることもないが、陸の食事というのはどうしても単調でつまらぬものという印象が拭えぬのだ」
「へぇ、南海に浮かぶ島々があるって話は聞いていたが、島の出身者には初めて会ったな」
「イキナ島のコバルトと言えば周辺で知らぬ者は居ない。島一つが丸々儂のものだ」
「まさか本当に大富豪なの!?」
「おいおい今更驚くことかね。いかにも金持ちだという態度で振る舞ってきたのだが。本来ならお前ら旅人風情が気安く声をかけることも出来ない高貴な存在なのだよ、チミィ」
尊大な態度を取りながら料理を口に運ぶ。
「いやぁまったく」
パクパク。
「単調な味付けだ」
もぐもぐ。
「陸の料理は面白みに欠ける」
ぺろり。
「おいっ、おかわりだ!」
「はーい」
ウェンディが遠くから返事する。
「言葉と行動が一致してませんね……」
「御主人様はただイニシアチブが取れたらそれで良いという方なので」
「は、はぁ……」
「ん? ミントよ、今儂の悪口を言わなかったか?」
ミントと呼ばれた侍女は表情を崩さずに自分の主人を見やり、口を開く。
「御主人様は主導権を握るのがお上手だと申しました」
「ふはは、ならば良い」
この人は己の主人の扱いを良くわかっているようだ。
しかしこの男性――コバルトはアップルパイには一切手を付けない。
「ところでサヨ」
「は、はいっ」
サヨと呼ばれたもう一人の侍女が怯えたように声を上げる。
「儂はアップルパイを出すなと言うように命令したはずだが……?」
「え、ええと、それはですね……あうあう、う~?」
絵に描いたような慌てふためきっぷりを見せる。
「えっ、そんなことを言ったんですか!? どうしてですか? あんなにウェンディちゃんが一生懸命お手伝いしているのに」
サータがその言葉に食いついたのだ。
「要らぬものを出されて余計な手間をかけさせぬよう、予め配慮したというのに……まぁ良い。儂は食べぬ。それだけのこと――」
「いけません!」
食い気味でサータが声を張り上げる。
彼女がこんなに語気を強めるのは珍しく、また出会ってすぐの相手に対してこのような態度を取ることもほぼありえない。
それほどサータの逆鱗に触れたのだろう。
「ここでアップルパイを食べないなんて、おじ様は何のためにここまでやってきたと言うんです!?」
「いや、聖女のためだが」
「そんなこと言ってるんじゃありません!」
「ええー……ならばこちらも言わせてもらうが!」
コバルトも応酬とばかりに声を荒げる。
――そしてお互いに口角泡を飛ばす事態へと陥ったのだ。
「私は御主人様の味方ですよ」
そう言いつつもミントはコバルトの背後を離れ、サータの後ろへと回る。
それからサヨの腕を引っ張り、無理やり一緒に連れてくる。
「ならばその言行不一致はなんだ」
「御主人様のことを想って、こちらのサータさんに加勢します」
「おいっ」
「さぁ5対1です!」
「私も入ってる!? ……別に良いけど」
アップルパイの話から飛び火して彼女ら侍女の待遇に至るまで、白熱した議論が繰り広げられた。
小さな村の宿の一角、そこだけかなりの熱量があったと後に人々は語った。
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