15 情報収集

「天使? 天使と聖女は別物だろ。おとぎ話の天使より、目の前の聖女様だ。聖女様のお力は凄いんだぜ。どんな病気でも治しちまうってんだからな」


「聖女様が天使? 天使様っていうか、救いの女神様ってとこか? 悪いところを探るように手をかざして、気がついたら痛みがなくなってたんだよ。おかげでこの村じゃ医者いらずさ」


「一瞬でぱっと治ったりするわけじゃあ無いんだけど、まあ旅人さん、何日かうちの村で過ごしてたら、きっと良くなるよ。病は気からって言うし、本人の気の持ちようなのかもしれないけどさ。聖女様は聖女様。儂らにとってはそれが全てさ」


 村人の話によると、聖女は村人たちからも信頼されていて、治療してもらったという話もチラホラと聞く。

 皆快く答えてくれるのだが。

 最初に質問する「聖女とは天使か」に対する答えは否定的と言うか、根本から違うものとして考えられているようだ。

 これが帝都あたりなら「聖女=天使」に無理矢理にでも結びつけて、天使信仰の信仰対象になっているのかもしれない。

 しかし話を聞く限り聖女というのは村人にとっても身近な存在であり、いわば『ちょっと不思議な力を持った』程度の人間なのだろう。


 ただし、

「ところで聖女様ってどんな人なんだ」

 の問いには


「ええっと、その、会ってからのお楽しみってやつだ」


「どうだったかねぇ……もう何年も前の話だから、あまり覚えてなくてね」


「ここ数年は旅人がひっきりなしに訪れていたから、ほとんど見かけてないんだよ。もうすっかり美しいお嬢さんになっていると思うけど」


 と、いまいちどのような人物か的を射ない返答ばかり。


 ワールドは闊歩しながら思考を巡らす。

 天使病が進行すると体の成長が遅くなるというのが身体的に見られる変化であり、もしかしたらもう何年も姿が変わって無くて表に出られないという理由から、村人たちも姿を見ていないのかもしれない。

 そしてサータの未来視からも聖女が天使であることは間違いない。

 とはいえここでは天使の名前を口にしても理解されないため、聖女で通した方がわかりやすいのだろう。

 天使病罹患者をこの村では『聖女』と呼ぶのだ。


 しかし、果たして『天使』は本当に救いをもたらす存在なのか。

 その真偽を確かめたい。

 それはワールドが旅を続ける理由とは別に、解き明かしたい謎でもあった。


 のどかな村で、どこを切り取っても絵になる。

 それは素晴らしいことだが、つまりこれを描きたいという決定打に欠けるとも言える。

 日も落ちてきたため、結局これといった風景を描くこともなく宿まで戻ってきた。


「あ、組合員リンカーのお兄さんだ」

 中に入ろうとしたところでウェンディが元気よく扉を開けて表に出てくる。

 ワールドをひと目見て、すぐに声をかけてきた。


「ウェンディか。よく覚えているな」

「お兄さんだって私の名前覚えててくれてるのね、嬉しい。私は宿屋の娘として、お客様の顔はちゃんと覚えているものよ」

「そうか。なら、ついでに名前も覚えておいてくれ。俺はワールド、赤の組合員リンカーのワールドってな」

「わかった! それでお兄さんはどこかにお出かけしてたの?」

 顔を覚える気はあっても名前を覚える気は無いようだ。

「ああ。もうちょっと村の中を見て回りたくてな」

「そっかぁ、ごめんね。夕食のお手伝いが無かったらもっと案内してあげられたのに」

 しょんぼりとした顔でウェンディがつぶやく。

「お前が気に病むことじゃない。それより、もうすぐ日が暮れるのにお前こそ出かけるのか?」

「うん。あっちにね、ウチの畑があるの。お野菜とか、アップルパイに使うりんごも採りに行くの。ふふ、私も作るの手伝っているから期待しててね」

 ぱっと表情を明るくして、右手で握りこぶしを作る。

 コロコロと表情が変わる、無邪気な子供らしい姿がワールドの琴線に触れた。

「……良い画だ」

「え?」

「いや、なんでも無い。アップルパイ、楽しみにしているぞ」

「うん、任せて!」

 そう言ってウェンディは駆けていく。


「……サータも居るし、あのオッサンが食べなかったらその分こっちで食べてやるとするか」

 宿を出る前に見た光景を思い出し、ウェンディを悲しませぬように決心する。

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