14 夕食前に

「結局、何だったのでしょうか」

 部屋の中、一息ついてサータが声を上げる。

「さあね。あの仏頂面を治したいとか?」

 あまり関心がない様子でグラが応じる。

「あれは恐らく、彼女のことではないな」

「どういうことでしょう」

「彼女の心は澄んでいる。見た目では判断つかないだろうが、病んでいるようには思えない。となると、その悩みのタネは彼女の外にある」

 ワールドは自分の推理に絶対の自信を見せる。


「心が澄んでいるとか、どうしてわかるのよ」

「俺の勘だ」

「……なにそれ」

 あからさまに不機嫌な調子でグラが言う。

「俺は心のはたらきに敏感なんだ。そういう類の嘘は見抜けるし、創作活動の糧。お前も知っているだろう」

「……あー、あれね。はいはい」

「お姉さまは何か知っておられるのですか」

 興味津々といった様子でサータがグラに詰め寄る。

「その辺は……ま、おいおいね」

「お二人だけの秘密ということですね! 気になりますが、これ以上の追求はしません。サータは空気の読める良い子です」

 あまり読めていな気がする、とは口にせず、心の中だけに留めておいたグラであった。


「さて、夕食まで少し時間がある。俺はもう一度村の中を見てこようと思うが、お前たちはどうする」

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、二人の様子を伺う。

「アタシはパスね。一度日傘を折りたたんだら、もう日没まで外出しない主義なの~。ふあぁぁ……」

 うつ伏せでベッドに飛び込んだ格好のままグラが応える。

「サータもご遠慮します。流石に歩き詰めで少し疲れてしまいました」

 ベッドに腰掛け、両足をぶらつかせながら申し訳無さそうにサータも言う。

「なに、構わん」

 紙とペン、それと墨入の小瓶だけ懐に忍ばせて部屋を後にする。


 部屋を出て数段の階段を降り、ラウンジに出る。

 宿屋はロビーとレストランスペースが共用となっており、外に出るためには並べられた丸テーブルを横切る必要がある。

 出入り口とは反対側はキッチンや従業員スペースとなっている。


 ワールドが外に向かおうとすると、何やら奥の方で言い争うような声がする。

 いや、正確には一方的にまくしたてられているような気がするのだが。


「――はぁ? もう一回言ってみな」

「い、いえ、えっと、そのぅ……ご主人様が『アップルパイはもう飽きた』とぉ、おっしゃいましてぇ……」

 よく見ると、女将と話していたのは宿泊客の一人――三人組の侍女、それも気の弱そうな方だった。


「ウチの名物を飽きたとはいい度胸だね。しかも何度目だい? そう言うからこっちだって他の料理も色々と出してるだろう。だけどアップルパイは自慢の一品だからね、毎食出すよ! これは譲れないね!」

「あうぅぅ、わ、わかりましたぁ……」

 あっさり折れた。

 難癖をつける方も付ける方だが、それに対する返しが逆ギレに近い。

「あ、あのっ、でもでも勘違いしないでくださいね。アップルパイはとても美味しいんですよ! 私は毎食でも全然構わないくらい……」

「そりゃそうさ、こっちは主食として毎食食べてるんだよ。それを飽きたとは、よほど舌が肥えてるか、味オンチかい」

 客に対して辛辣すぎる。

 他に宿がないからその他の選択肢がなく、宿の立場が上なのだろうがかなり強気だ。

 しかしその強気な態度は嫌いではない。

 つい立ち止まって話を盗み聞きするような格好になってしまったワールドだが、二人のやり取りが落ち着いたので気付かれる前に立ち去ることにした。


「そういえばウェンディは『うちのアップルパイでも食べれば、きっと機嫌が治るはず』と言っていたが……逆効果なのでは」

 脳裏によぎった言葉を呟きながらワールドは表に出た。


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