12 アップルパイの美味しいお店
「――聖女」
村の住人の口からその言葉を初めて聞いた。
それはあえて誰も口にしなかったのか、当然聖女に会いに来るものだと考えられていたのかはわからない。
しかし、改めてその単語を耳にすることで、彼らの目的とする村であることを確信する。
「そう、聖女。もしかして、お兄さんたちは『聖女』目当てで村にやってきたわけじゃないのね?」
「ああそうだ」
「えっ。じゃあ本当にアップルパイの噂を聞いて村にやってきたのかしら!?」
驚きの表情を浮かべながらウェンディがワールドを見つめる。
「……いや、聖女の話自体は聞いていた。あくまで聖女目当てじゃないってことだ」
ウェンディの視線に耐えきれなかったのか、あっさり白状した。
ああ言っちゃうんだ、という顔でグラはその様子を見ていた。
「嘘は良くないですもんね。ええ、ええ、その通りです」
サータが念押しのように続ける。
「やっぱりね。ううん、いいの。みーんな聖女様の噂を聞いて村にやってきてるから。あそこにいる人たちもそう。聖女様に病気を治してもらうんだーって、毎日並んでいるの。聖女は一人だけなんだから、順番なのに」
並んでいるというよりは、扉の前に立つ見張り番に文句を言っているように見える。
まず、若い男性の二人組。
顔つきから察するに兄弟であろう。
兄は大人で落ち着いていて、また旅慣れた風貌である。
その男は文句を言うというよりは、隣で激昂している中年男性をなだめているようにも見える。
親子ほど離れているようには見えないが、それでもまだ幼い少年は後ろ手に隠れて兄の服の裾をぎゅっと掴んでいる。
時折苦しそうに咳き込み、その度に兄が背中を擦っている。
そして扉の前に立つ男性に威張り散らして文句を言う恰幅の良い中年男性。
身なりからして旅人というよりは商人、それもかなりの富豪に見える。
その理由が隣に立つ二人の使用人の存在である。
二人共若い女性で、そのうち一人は彼のまくし立てる様子に動じることなく凛と澄ましている。
もう一方は対照的に、彼の言動や態度にただただ怯えた様子で立ち尽くしている。
最後に、それより一歩下がって彼らの様子を眺めているだけの中年男性。
細身にメガネで旅人という印象は薄いのだが、履き潰したような靴や腰回りに提げた薬草袋などから察するに、間違いなく彼も村の住人でなはく旅人であろう。
彼らが『聖女様の噂を聞いて村にやってきた』人たちなのだろう。
「――だから、いい加減いつまで待たせると言うんだね! こっちはもう三日も経ってるんだぞ!」
「あわわわっ、お、落ち着いてくださいご主人様っ!」
「サヨ、落ち着くのは貴女の方です」
「まぁまぁ、そんな大声を出してはいけません。ほら、僕の弟も怯えてしまっていますから」
「……」
ぎゅっと、服を握る手が強くなったのが見て取れる。
「ぐっ……」
周囲に促され、分が悪いと見たか男性は押し黙る。
「それで、ええっと……聖女、様は今日も準備中ということでしょうか」
後ろで一人佇む男性が声を上げる。
「そうですね。申し訳ありませんが」
扉の前に立つ男が淡々と応える。
「ええい何だその態度はっ!!」
「御主人様」
「ええいわかっておるわ! ふんっ、戻るぞ!」
ついさっきまでいきり立っていたかと思うと、急に踵を返してその場を去る。
二人の侍女はその後ろにつき、一緒に歩いていく。
その三人がウェンディとワールドたちの前に通り過ぎる時、侍女の落ち着き払っている方が一瞬足を止め、彼らに向かって軽く頭を下げる。
前の二人に気づかれぬうちにそのまま付いて再び去っていく。
「……何かしら。騒がしくして、ご迷惑おかけしましたって感じ?」
「そんなところだろうよ」
「あのおじさんもいつもああやって怒っているわけじゃないの。うちのアップルパイでも食べれば、きっと機嫌が治るはずよ」
しばらく様子を見ていると、残った兄弟ともう一人の男性も門番と少し話をしてそのまま帰っていった。
「何をおっしゃっていたのでしょう。あちらの二組とは、比較的和やかに話されていたようですが」
「早く自分の番に回してくれ、とかどうせそんなところじゃないか」
「みなさん聖女様のお力を必要としていらっしゃるんですね」
「ところで、あの建物の中に聖女様ってのは居るわけ? どんな人か、ちょっと覗いてみるだけでも出来ないかしら」
先程まで騒がしかった方を見ながらグラが呟く。
それを聞き、困り顔でウェンディが言う。
「残念だけど、あそこには居ないの。あれは聖女様が治療をするときにだけ使う場所だから、普段は別のところに居るのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「居ないものは仕方ない。案内の途中で水を差して悪かったな」
「といっても、もう残っている案内箇所は一つだけなの!」
ようやくウェンディは明るさを取り戻す。
「あと一つだけ?」
「そう、こっちなの!」
最後ということで足取り軽く、ウェンディは村の中心部に向かって歩く。
「さぁ、さぁ、お楽しみですね」
待ちきれないという様子でサータが言う。
それを不思議そうにグラは見る。
「何かあったっけ?」
「お忘れですかお姉さま、ずっとウェンディちゃんが案内していないお店が一つだけ残っているじゃないですか」
「うむ、楽しみだな」
ワールドがにやけながら同意する。
「えー……ああ、そういうこと」
ようやく察したグラは少し呆れ気味に言う。
「アンタたち、そんなにアップルパイ楽しみなのね」
「もちろんじゃないか」
「ねー。サータたちはアップルパイで固く結ばれた絆なのです。アップルパイ同盟結成です」
「ふはは、それは良いな。むしろアップルパイ共同体だな」
「いや、意味わかんない」
時々二人のノリについていけず、ただ呆れることしか出来ないでいた。
「サータはまだわかるわよ。アンタそんなキャラだったっけ!?」
「何を言う。芸術活動は頭を働かすからな、糖分補給は大切なのだ」
「くっ、なんてそれっぽい理由……!」
「あ、お二人とも。ウェンディちゃんが呼んでますよ」
案内役を差し置いて三人だけで盛り上がっていたが、先頭を行くウェンディが立ち止まり向き直る。
「じゃーん。ここです!」
村の中央部に位置する、周囲より少し大きな建物で、レストランのようにも宿泊施設のようにも見える。
「ここは村の入口からも見えてた建物よね」
「そうそう、ずっと気になっていたんです」
煙突からもくもくと煙が立ち上り、僅かに香る匂いは夕食前の空腹の腹に届き、食欲を掻き立てる。
「ウェンディちゃん、ここが件の食事処ということで間違いありませんね?」
もう待ちきれないという様子でサータが目を輝かせている。
「ええ、そうよ」
恭しく咳払いをして、最後の案内とばかりに右手を伸ばし、ガイドの勤めを果たす。
「ここが村で唯一の宿なの。そしてアップルパイを提供する食事処でもあるの」
「なるほどな」
「立派な建物と思ったら、宿屋だったのね」
「そしてそして~」
「?」
「ここは私のお家でもあるの。はい、お客様三名様、ごあんなーい」
「んなっ!」
「そういうことか。これはしてやられたな、ふふ」
「ウェンディちゃんは商売上手ですねぇ」
幼い看板娘に連れられて、宿屋の中へと進んでいく。
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