11 小さな案内役

 さて、帝都に蔓延るという終末思想と天使信仰。

 それらがどのようなものか、旅する三人にはとんと見当もつかない。

 彼らは誰も帝都を訪れたことはなく、また帝都の内情はほとんど外部には漏れ聞こえない。


 終末思想の起点であり起源である都市から遠く離れた辺境の地。

 そのような場所にまで流行りの思想が流れ込むには時間がかかる。

 聖女の出現が終末につながるという考えはなく、ただ牧歌的な営みが広がっている。


「なんの変哲もない……村ね」

「サータがお姉さまと暮らしていた村に似た雰囲気の、よくある村です」

「特徴が無さ過ぎるのが特徴の汎用的な村だな。見慣れた風景の中にこそ芸術は宿るとも言えるが、特に食指が動かんな」

「アンタの基準はやっぱりそこか……」

 同じような感想を抱く三人が村に足を踏み入れた途端――


「あーっ! 旅人さん? 旅人さんね? それも三人! 三人の旅人さんね!」

 あどけない声とともに疾風のごとく近づく影が一つ。


「うーん……初めて見る人。ねぇ! この村は初めて?」

 少女が一人、三人の前に立っていた。

 茶色の短い髪に赤い頬、白いフリフリの前掛けが目につく。

 出で立ちから、どう見ても村の住民だろう。


「ああ。初めてだ」

「そう、やっぱりね! じゃあ、初めまして!」

「ハ、ハジメマシテ」

 改めて挨拶されてしまい、思わずグラの声が裏返る。

「私はウェンディって言います。初めて村を訪れた人のために案内係をつとめてるの」

「えっ、こんな小さな子が?」

「私はもう十三歳よ。これでも九つのときからずっとこの仕事をやっているから大丈夫。ねっ、どうかしら?」

 明るく笑うがしっかり者のようで、自信に満ちた声と顔で三人を見つめる。


「ええっと……」

 日傘をくるくると回しながらワールドの様子をうかがう。

「案内したいと言っているなら別に構わんだろ」

 ワールドは特に態度が変わるわけでもなく、平然と言う。

 ひょっとしたらこういう子供は苦手なのでは、と心配していたグラはほっと胸をなでおろす。


「ふふ、良かった。安心して、お金をとったりはしないから。私が好きでやっているだけなの」

 その場でくるりと一回転して体で喜びを表現する。

「まあ、まあ。なんて素晴らしいんでしょう。サータは後でこの子にお菓子でも買ってあげようと思います」

「それはこいつの頑張り次第だな」

「よし、頑張ります! それじゃあ、ついてきて」

 こうしてウェンディによる村の案内が始まった。


「――こっちが市場ね。新鮮な野菜に果物、たまにお魚とかも売ってたりするわ」

「へえ、こんな北の方でも魚が売っているのね」

「黄色の組合員リンカーが運んでいるんだろうな」

「お兄さん正解。よく知っているわね」

「何を隠そう、この俺も組合員リンカーだからな」

 そう言って赤い腕章を見せる。

「すごいすごい! 赤い腕章なんて初めて見たの。やっぱり特別なのかしら?」

「おう、特別も特別。どんな依頼でも引き受ける凄腕だ」


「……なんか、意外ね」

 後方で二人の会話を眺めながらグラがつぶやく。

「ええ、ええ。ウィンディちゃんが村の人も知らない秘密のスポットと称して、子供がやっと通り抜けられるくらいの茂みを潜ることになるとも思いませんでしたし、ワールド様も童心に戻ったようにノリノリでついて行ってしまわれましたからね。お姉さまを置き去りにして申し訳ありませんでした」

「え、いやそれは良いんだけど、ってそうじゃなくて。ああでも、そことも繋がっているのよね……」

「お姉さま、どうなさいました? 思考が渦巻いておられますね。まとまるまで、サータはいつまでも待ちますよ」

 にこにこと微笑みながら姉の言葉を待つ。

「いや、アイツってああいう子供って苦手そうなイメージだったから、ちょっとびっくりしたというか」

「ワールド様は面倒見が良い性格なのだとサータは思いますよ? そうでなければ、こんなところまで一緒に旅を続けるなんてことしないと思います」

「まあ、ね」


「それでこのお店のニシンのパイがおすすめで――あら、二人とも、早く早く」

 ウェンディの説明と接客スキルは大人顔負けで、内容はわかりやすく、村について次々と情報が入ってきた。

 その中身がこれといって取り立てる程のない、至って普通の内容であることは否めないのだが。


「しっかりしてて偉いわねぇ」

 グラがウェンディを撫でてやる。

「わ、日傘のおねーさんに褒められた。えへへ、ありがとう」

 その様子を見てはっとした様子でサータが二人に近寄る。

「そんなウェンディちゃんに、サータからお菓子のプレゼントです」

「わーい、本当にくれるの? ありがとう!」

 くるりとグラの方を向く。

「ふふ、どうですお姉さま。サータを褒めても良いんですよ?」

「え? アタシがアンタを褒めるの。まぁいいけど。はいはい、偉い偉い」

 今度はサータを撫でてやる。

 ウェンディをサータが褒め、サータをグラが褒めている図である。


「そういえばこの村ではアップルパイが名物だと聞いてきたんだが」

 ふと思い出したようにワールドが言う。

「あらあら、知っているのね。ふふっ、それはこれから案内するわよ」

 もったいぶるように答えてウェンディはニヤリと笑う。

 他の村とは違う、とっておきだとも言いたそうな様子だ。

 しかし、三人にはそれよりもずっと気になっていることがある。


「ねえ、村の奥にある変わった建物だけど――建物の前に、人が集まってない?」

 普通の民家とは違う、礼拝堂のような建物が一つあり、そこに数人の大人が集まっていた。

 年齢も性別も様々で、少し気が立っているように思われた。


「あれは、そう――『聖女様』が治療を行う場所なの」

 それまでと違い、少し暗い調子でウェンディは口にする。

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