10 おいでませ北の村

「ねえ、ところで」

 今度はグラの『ところで』だった。

「依頼して、助けてもらって、ここまでやってもらっておいて言うのも何だけど」

「なら言うな」

「うがーっ! 勝手に言うわよ、勝手に聞いてなさい。あっ、でも質問には答えてね」

「無茶苦茶言うな」

「お姉さまは昔から押しが強いですから」


「で、聞きたいこととはなんだ」

 観念した様子でワールドがグラに問う。

「さっき話してた二人組の内容にもあったけど。『終末にやってきて、地上の人々に救いをもたらす存在』ってのがおとぎ話で語られる天使。少なくともアタシはそう教えられて育ってきたし、今でもそう信じている」

「ふむ」

「で、アンタはどうなの。アンタにとって『天使』ってのはどういう存在で、それはそもそも信じられる存在なの?」

「…………」

 グラの顔は問い詰めようという感じではなく、純粋に意見を求めているようだった。

 沈黙を続けるワールドに、業を煮やす。


「じゃあ、質問を変えましょう。アンタ、『妹が天使病です。助けて』なんて素っ頓狂な依頼者のこと、本気で信じてた?」

「その質問の答えとしては、肯定もするし否定もする」

「はぁ? どういうことよ」

「天使なんて居ないんじゃないかと思っていたし、だからこそ居て欲しいと思っていた。ただ、依頼主の妹が――サータが本当に天使かどうかは、実際に見るまで疑っていたのも事実だな」

 ワールドは忌憚なく意見を述べる。

 そしてそれを期待していたグラは穏やかな表情でそれを聞いていた。


「じゃあさ、もしも『彼女は天使じゃありません。私たちはただのペテン師です。天使なんて居るわけないじゃない』なんて言い出したとしたら?」

 にやにやと笑いながらグラが言う。

 その言葉にサータが驚く。

 この姉は何を言い出すのだろうと。

 しかし事も無げにワールドは返す。

「それならば、本物の天使を探す旅に成り代わるだけだ」

「あら。怒って私たちを置きざりにして一人旅を続ける、とかじゃなくて?」

「俺が受けた依頼は『妹を助ける』だろう。それが天使かどうかなんて関係ない。たまたま助けた相手が天使だっただけさ」

 それは体裁のいい言葉のようにも思えるが、彼の本心でもあった。

「ふ、ふーん……」

 何よ、格好つけて。と言いそうになる言葉を飲み込む。

「まぁ、なんて格好良いんでしょう! 素晴らしいです! ワールド様も天使のように清らかなお心をお持ちなのですね」

 そして臆面もなくサータは褒め称える。

「ははは、好きなだけ褒めるが良い」

「…………はぁ」

 一瞬でもこの男を格好良いと思った自分がバカみたい。

 グラはため息まじりに肩を落とす。



 大地の裂け目の終点まで差し掛かると、村はほとんど目の前にあった。

 夕刻までには、という旅人の予想は正しかった。


 山の麓、至って普通の村。

 木造建ての家々が連なり、奥の大きな家からは煙突からもくもくと煙が上がっている。

 辺境の地にあって、聖女を求めて人が大挙してくるせいか、もしくは数少ない旅人を逃さないためにか、門は開きっぱなしになっている。

 遠くからでも村人の姿は見え、廃村ということでもなさそうだ。

「甘い匂いが立ち込めていますね。アップルパイもお忘れなく」

 チラホラと林檎の樹が確認でき、熟れた赤い実がなっているのが散見される。

 そちらの情報も嘘ではないようだ。


「ところで、どうするの。聖女の噂を聞きつけてやってきました、なんて言って大丈夫なのかしら」

「そこは俺に任せておけ」

 そう言うと、たなびく赤い腕章を見せる。

組合員リンカーなら怪しまれずに村に入れる。まぁ、地割れが起きていると注意喚起のために訪れたとでも言えばいい」

「まさしく便利屋ね」

「行商人でもない限り旅をするのは不自然だからな。バカ正直に追われる身だと白状する必要もあるまい。組合員リンカーという立場はこういう時に利用するものだ」

「さすがワールド様。手慣れたものですね」

「はっはっは」

「褒められることかしらね……」



 さて。

 北の村に住まう天使とは。

 果たしてどのような存在なのでしょう。


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