09 組合員(リンカー)について

「――というのが、俺が立ち小便に行っている時に聞いた話だ」

 サータのように「そういえば」から始まり、道すがらワールドが語らっていた。


「はぁ……全然戻ってこないから何事かと思ったじゃない」

「ふふ。これでもお姉さまは心配なさっていたんですよ。『遅くない?』って三分おきに呟くほどには」

「ちょっ、い、いやっ、嘘だからねっ! そんな短い間隔で言ったりはしていないわよ!」

 つまり言ったのは本当なのだな。

 そうからかいたくなるワールドだったが、火に油を注ぐ結果になるのであえて呆れ顔だけで我慢することにした。


「まあ、サータの見た光景とあの旅人たちの話からして、北の村に天使病罹患者が居るのは間違いないだろう」

「ふーん。それにしても」

 ため息を付きながらグラが続ける。

「おとぎ話、ねぇ。本当におとぎ話の中だけだったら良かったのに」

 うつむき加減で日傘をくるくると回し、呟く。

 彼女が歩んできた境遇の過酷さについて軽口など叩けず口を噤むワールドと、当事者であり掛ける言葉が見つからないサータ。

 その言葉を否定も肯定もせずに、ただ無言のままに歩みを続ける。


「ああ」

 重苦しい沈黙――の時間などとうに過ぎた頃、ワールドが再び口を開く。

「そういえば楽しみだな、アップルパイ。サータの未来視には無かったサプライズだな」

「何を言い出すと思えば……」

「ええ、ええ。サータもとても楽しみです」

「そういえば昔はよく食べてたわね」

「甘いものなら何でも好きなのですが、アップルパイは特別です。毎日三食でもずっと食べられます」

 手のひらを合わせ、ご機嫌な様子で顔を綻ばせる。

「流石に三食はどうかと思うぞ。飽きるだろ」

「そうでしょうか? むしろサータは飽きるほどアップルパイを食してみたいのです」

「……ああ、すまない。配慮が足りなかった」

 しまったと顔に手を当て天を見上げる。


 そうだった。

 彼女には、自由な選択肢など与えられていなかったのだ。

 しかしサータは当然、ワールドの言葉に不快感を覚えることはなく、そう思うのは当然だという顔で微笑んでいる。

 天使か。

 いや、そう、天使だ。


「ふむ。配慮、ですか」

 ワールドの言葉を反芻する。

「配慮、というのでしたら、ワールド様にはもっと気にかけていただきたい部分がありましたね」

「むっ」

「あら、いいわね。どんどん言いなさい。完膚なきまでに叩きのめしてやりなさいっ!」

「えっ、いえ、そこまでのことでは。サータは調子に乗りすぎました……すいません」

「あーもう、ほら~。アンタのせいで」

「……解せぬ」


「ワールド様のお話の中に『組合員リンカー』という単語が出てきましたが、それに対する解説をいただきたいなと」

「そういうことか」

「ああ、良いわねそれ。アタシも実のところよくわかってなかったりするの」

「なるほどな。よし、良いだろう。ギルド国の成り立ちについてはさっきも説明したから省略して良いな」

「相互扶助を目的として成立したんですよね。サータは復習もバッチリです」

 細腕でガッツポーズを取る。

 ローブから覗かせる腕は色白でか細く、そのまま折れてしまいそうだ。


「なら、実際に協力すると言ってもどんな形でお互いを助け合うかという話になる。例えば誰かが屋根を修理してほしいと依頼する。そうしたら依頼を受けた組合は大工作業が出来る組合員を募集するわけだが、どの組合員が何を出来るのかを把握してなきゃ正しく対処できるやつを派遣できない。そこで、次第に似たような職種のやつらを大別し始める。運搬業は黄色、食料生産者は緑、技術者は茶色、みたいに色で管理するんだ。そうしたら、依頼内容に合わせて募集をかけたり、直接組合員に声掛けをしたりする上で効率的だろう」

「なるほど~」

「ん、じゃあアンタの赤の組合員リンカーってのは何に該当するのよ」

「赤はいわゆるなんでも屋だ。ペットの散歩から開かない瓶の蓋開け、喧嘩の仲裁と他の奴らがやらないような内容を引き受ける。況や、人探しとかもな」

「…………」

「ああ、それでワールド様とお姉さまは出会われたのですね。なんと運命的な出会いなんでしょう」

「何が運命的な出会いなもんですか」

「そうだな。室内でも傘を差したままの頭のおかしい女に出くわすことを運命的だとは表現したくないな」

「あっあれは、そこら中の窓から日が差し込むから仕方無しに!」

「二人の出会いがあればこそ、こうしてサータはお二人と一緒に居られるのです。とても素晴らしいことなのですよ」

 いがみ合っていた二人も、サータの言葉にふっと口を緩める。

 彼女の場を和ませる雰囲気はとても心地の良いものだった。

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