07 ヴェルティリアについて

「そういえば」

 迂回するために地割れに沿って再び歩き始めてしばらくして、サータが声を上げる。

「先程のお話の中で、この自然災害は西に行くほど珍しくもないというお話でしたが、それはどういうことでしょう?」

「ああ、それか。……本来その話をずっとしていたはずだったのだが、どういうわけだかどんどん話がずれていってしまったな」

 裂けた大地を一瞥して、再び視線を前に向ける。

 ほんの少しずつ、自然に地割れを起こしている部分から遠ざかっていく。

 それに後ろの二人は気付いていない。


 もしこのまま足場が崩れたら三人とも崖下に落ちて命はない。

 彼なりの気遣いだが、それを口に出すような性格でもないし、もし指摘されれば天の邪鬼のように否定するだろう。

 やはり、気難しい。


「どういうわけだか西側では昔から『大災害』と呼ばれる甚大な被害をもたらす災害が起こっている。台風や嵐、山火事に地震などだ。村がまるまる壊滅したという言い伝えもある」

「そんなに大変な被害が……」

「大災害は数十年に一度の頻度で、もし被害にあっても『運が悪かった』って諦めるしかないが、次第に大災害の発生する頻度が増えてきた。しかも範囲も拡大してきたのさ。今まで大災害の起きなかった地域にまで被害が及ぶようになった」

「それは、東側の地域にまで及んでいるということでしょうか」

「そういうことになるんだろうな。ただ、実際に帝都側で大災害が起きたという話は聞いていない」

「都市では発生しにくいもの、ということですか?」

「というより、歴史的な背景を考えれば自ずと分かる。そもそも帝都が発展した理由は、西側で大災害により居場所を失った人々が東に逃げてきて、そこに都市を築き、文化が生まれて発展していった」

「なるほど、被害を逃れるために移住してきたというわけですね」

「そういうことだ。飲み込みが早いな。お前にも花マルをやろう」

 そう言ってサータの頭を撫でる。

「えへへー」

「そういえば」

 振り向いたワールドに向かってグラが言う。

「なんでもアタシたちの生まれる少し前に、ギルド共同体でも『大災害』があったって聞いたわね。そこでも集落一つが壊滅したって」

「……ああ。そんな話もあったらしいな」

「?」

 心無しか、ワールドの表情が曇ったように見えた。

 不思議そうにそれを見つめるサータ。

 そしてなんとなく、これ以上踏み込んではいけないような気がしてグラも黙ってしまう。


「あ、ねえねえ。ところでギルド共同体ってのはどうやって生まれたのよ。興国っていうくらいだから、帝都よりも新しいんでしょ?」

 グラは自分のせいで暗くなってしまったかもしれないと、明るく振る舞いながら別の話題を出す。

 そして差している日傘をくるくると回す。

 彼女は考え事をしたり頭を使っている時に手を動かす癖がある。


「簡単な話さ。まず、東の都市国家は自分たちさえ被害に遭わなければそれでいい、西側で起こっている大災害なんて知ったこっちゃないって態度だ」

「自分勝手ね」

「でもそれじゃあ駄目だ、みんなで協力して頑張ろうって思想のもとに生まれたのがギルド共同体だ。西の地方集落と同じく『共同体』を名乗っているが、その性質は別物でな。西の集落は『村のみんなで協力してやっていこう』って考えだが、ギルドってのは『村や町同士が協力してやっていこう』って考え方なのさ。村や町を一つの個として考え、それらがまとまって集団として協力していこうってことだ」

「まぁ! それは素晴らしい考え方です。サータは感動しました」

 両手の指先をぽんと合わせて感激している。


「その言い方だと西側も自分たちさえ良かったらそれでいいって風に聞こえるわ。実際は大災害からの復興に追われていて、周囲の村にまで気を配る余裕がないだけなのに」

 不満そうな表情で、ワールドに反論する。

「なんだ、やっぱり生まれ故郷の悪口は許せないのか」

「ち、違っ。そうじゃなくて、それぞれに理由があるんだから、どこかだけが素晴らしいとか駄目だとか、一方的に判断するのは間違っているっていうか……!」

「なるほど! ええ、ええ。お姉さまの言うとおりです」

 今度はグラに向かって手を叩くサータ。


「ふむ。確かに俺もギルド内の都市を点々としたが、意識の差はあったな。どんな小さなことでも困っているならば助けようとする街もあれば、大多数が困るような依頼しか解決しようとしない街もあった。考え方はそれぞれだから、俺が口出しするようなことじゃないがな」

 ワールドの言葉はどこか俯瞰的で、あまり個人の主義主張が感じられない。

 もちろん彼自身の考えを述べることもあるのだが、極めて限定的だ。

「……珍しいわね。アンタが反論しないなんて」

「なんだ、罵ってほしかったのか? あいにく俺にそんな趣味はないが、希望とあらば」

「勝手に人を異常者に仕立てないで」


「確かに苦悶の表情というのは人の関心を引きつける上で有用な手段の一つではある。しかし旅の同行者に常時そんな顔を見せつけられては見慣れてしまい、創作意欲も下がってしまうし表情が固定化されてしまう。そんなものは俺の目指す美意識とはかけ離れている」

「え、ええと? つまり?」

 グラが理解できずに眉をひそめる。

「節度を守ってお前をおちょくる」

「何よそれっ!!」

「ふふっ。お姉さま、つまりワールド様はそれだけお姉さまを信頼なさっているということですよ」

「嬉しくないわよっ!!」

「あれー?」

 褒めたつもりが怒られてしまった。

 なぜそうなったのか全く理解できないサータであった。

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