06 その少女、天使病につき2

「ええ、ええ。そうです。この私、サータが未来視しました」

 さも当然のようにサータは肯定する。


 未来を視ることなど、当たり前ではないのだ。

 しかし、彼女にとって、彼女に限り、それは可能なのだ。


「天使病を患ったものは体の成長が著しく低下し、背中に羽が生えたような光が浮かび上がることがある。これらは共通の特徴として診られているが、さらにもう一つ。不思議な特殊能力を身につけるという。――お前の未来視は、天使病特有の特殊能力という解釈で良いのだな」

「ええ、ええ。その通りです。ワールド様には花マルを差し上げます」

 そう言ってサータは指先をぐるぐると渦巻きを描くように回す。

 花マルのつもりだろう。

「ほう、なるほど。俺が生徒役になるのも悪くはない」

「その未来視ってのはサータ固有の能力ってことね。天使には固有スキルのようなものがあって、天使病に罹ったものはそれらのいずれかランダムなスキルを獲得している、ってのが天使研究家の調査結果ね。……こいつ、さも初めから知っているかのような口ぶりだけど、それ教えたのアタシだからね」

 グラが不満そうな表情を浮かべる。

「仕方ない。この不出来な生徒にも花マルをやってくれまいか」

「ええ、ええ。お姉さま、よく出来ました~。なでなで」

「……釈然としない」


「これでも昔は背格好から何から、本当に瓜二つの双子だったのですよ」

 サータはフードを脱ぎ、グラに顔を近づける。

「しかし天使病の症状により、サータの成長は阻害され、十分な運動や食事を与えられなかったこともあり、今では本当の姉妹のように差が生まれてしまったのです」

 よくよく見ると、確かに顔はそっくりなのだがサータの方が顔つきも幼く、全体的に少しやつれている。

 傍から見れば双子ではなく姉妹という印象を持つだろう。

「…………」

 掛ける言葉が見当たらず、グラは黙ってうつむいている。

「そうだな。もし、お前たちが本当に瓜二つだったなら、描いていてもつまらん。両者に違いがあればこそ、表現する楽しみも生まれよう。違うことを誇れ。己の特異性に目を背けるな。すでにお前は波乱万丈を生きている。今更有象無象に戻れると思うな。胸を張り、己を誇れ」

 気休めを言うのではなく、本心から相手と向き合っての言葉であろう。

「……なるほど。ワールド様のお言葉、しかと心に刻みました」

 胸に手を置き、サータが応じる。

「しかし一つだけ」

「ん?」

「胸はどう見てもお姉さまの方がありますから、胸を張るのはお姉さまの方が適切かと」

「ええいもう、なんでアンタは良い話に水を差そうとするのよ!」



「話が逸れ過ぎたわね。ええと、なんだっけ」

「未来視の話でしたね」

「そう、それ。未来視って言っても、いつでも先の未来が予見できるってわけじゃないのよね?」

「そうなんです。どちらかというと予知夢に近い感じでしょうか。目を瞑って、祈り、意識を遠いところに集中させていると、ふと神の啓示のように未来の光景が浮かび上がるような。といっても、不確かでぼんやりとしたもので、果たして未来視と呼べるのかも怪しいものですが」

「なるほどな。もしかすると、天使病が進行したらより正確な内容が把握できるようになるのかもしれないな」

「はぁ!? そんな縁起でもない。アンタはこの子を天使にしたいワケ?」

「俺は客観的な事実から類推した内容を述べたに過ぎん」

「言い方ってもんがあるでしょーがっ!」

「目を背けていたって何も解決しないだろうが」

 二人が次第にヒートアップし始める。

「あ、あのっ、二人とも、サータのことで喧嘩なんてなさらないでください」

 慌てふためきながら仲裁に入る。

 それで二人とも我に返り、しばし沈黙が支配する。


「――そしてサータが見たのは山の麓、赤い果実の実る木が立ち並ぶ村の何処か、悲しそうな顔で駆け抜ける二人の少女の姿でした。そして片一方の少女の背中には、翼のような白い光が一瞬だけですが、浮かび上がったように見えたのでした」

 サータは自分が未来視により見えた光景を改めて二人に伝える。

「背中に翼、ってのはおそらく『天使病』の罹患者でしょうね」

「そして山の麓といえば北にある村しか当てはまらない」

 彼らが北の村を目指して旅する理由。

 明確な目的地など存在しない彼らにとって、その未来予知は目指す理由や目的になり得た。


「ま、どうせサータを連れ出したことで俺たちはあの街じゃお尋ね者だ。どこか逃げるなら、遠いほうが良い」

「それに、もしかしたら天使病に関する情報が手に入るかもしれないし。天使病の症状を持つ者はあちこちで見られる、なんてあの人言ってたけど、アタシは今までサータ以外に見たこと無いんだけど」

「俺もない。おそらくサータのように、何らかの保護団体みたいな奴らが見つけ次第隔離しているのかもしれん。もしそうなら、これは世にも珍しい使に会える機会かもしれん」

 そう言ってワールドはにやりと口元を緩ませる。

「アンタ、一体何を考えてんのよ……?」

「ふん、決まっているだろう」

 薄ら笑みを浮かべてワールドは続ける。


「作品のモデルになってもらうのだ」

「……へ」

「彫像か? 彫像だな、うん彫像だ。やはり人間を最も美しく表現するのは立体的な像であるべきだ。肖像画でも良いが、やはり俺は平面は好まぬ」

 うんうんと大きく頷く。

「ああ、なんか安心した……」

 グラはガクッと項垂れる。

「さ、サータもいつかモデルとして、何か作品を作って欲しいのですっ! まだ見ぬ天使病罹患者さんには負けられません!」

「……何を張り合っているんだか」

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