05 その少女、天使病につき1

「ところでワールド様、絵は完成されたのですか?」

 サータの問いに、ワールドはドヤ顔で羊皮紙を広げる。

 ムカつく。

 明らかにそう顔に書いてあるグラを横目に、サータはその絵を眺める。


「まあ……本当に風景を切り取ったような出来栄えです。とてもリアリティがあって、立体的にも見えて……。ああ、サータにはこれ以上の表現ができないのが残念でなりません」

「憎たらしいほど上手いわね」

「最高の褒め言葉として受け取っておこう」

 そう言ってその絵を再び丸めて荷物の中にしまう。


 彼にとって描画――に限らず、ほぼ全ての芸術的活動は趣味の延長線上で、活動基盤であり、に近い。

 そこに金銭的な価値を求めたりはしない。

 ただの活動記録。

 生きた証。

 そう表現するのが適切だ。



「そういえばワールド様はこの絵を描かれている時、出来たてホヤホヤな『大災害』の傷跡、とおっしゃっていました。このような自然災害はよくあることなのですか?」

 思い出したようにサータが尋ねる。

「この辺りじゃ珍しいことだが、もっと西に行けばそう珍しくもない。ああそうか、には解説が必要かな」

「ちょっと、その言い方」

「いえ、いえ。良いのです、お姉さま。グラは『天使病』だと判明してからずっと世俗を離れ、なんの知識も与えられないままずっと一人で過ごしてきました。この世界で起こっている悲劇も受難も、何も知らずに生きてきたのですから。今のサータはそう、まさしく赤子同然です。ワールド様、無知なわたくしめにご教示くださいませ」

「そこまで頼られるとこっちも気分が良いな。よし、このワールド様がお前を立派なヴェルティリア人になるために教育してやろう!」

「はい、よろしくお願いします先生!」

「……二人ともノリ良いなぁ」

 呆れたような態度を取りつつも、少しだけ二人のやり取りが羨ましくも思えるグラだった。


「まずこの世界は大きく三つに分けられている、ってのは大丈夫か」

 ワールドはしゃがみ込み、地面に指で大きな円を描く。

 そして縦向きに二本の線を入れ、三分割する。

「左から『地方集落共同体』『ギルド興国共同体』『帝都国家』ってやつでしょ。アタシだって旅に出たから何となくわかってるけど、普通の人なら自分の村や町から出ることなんてないから理解していない人も多いでしょうね」

「そうだな。旅の商人とか、一部の人間以外には必要ない知識だ」

「ふむふむ」

 サータは目を輝かせながらやり取りを聞いている。


「アタシたちが生まれたのは西側の地方集落……地図上で何処とは正直よくわかんないけど、大きな湖の近くの村、ってことくらいは覚えているわ

「ああ、ありました。大きくなったら一緒に行こうってお姉さまと約束してた湖ですね」

「結局その約束は果たせなかったのよね……」

「ではこれから叶えましょう。お姉さま、いつかあの湖に行きましょう」

「ああ、まあ、うん。そう、ね」

 グラは歯切れの悪い返事をした。

 サータにとっては懐かしい生まれ故郷であり、グラにとっては家出同然で飛び出した捨てた故郷という違い。

 それでも妹のためならと、否定することだけは躊躇われた。

「ワールド様もぜひ。自然豊かで空気の美味しい場所です」

「ふむ。あまり西側には出向く機会もなかったしな……せっかくの誘いなら、無下に断るわけにもいくまい」

「えー、こいつも一緒?」

「駄目……ですか」

「いやいや、ダメってことは無いわよ!? はいはいわかりました。行きましょう行きましょう」

 半ば投げやりながらも、グラ自身心底嫌がっている様子でもない。

「良かった。これで目標が一つ出来ました。ふふ、約束を果たすまでサータは使わけにはいきませんね」

「……ええ」


「で、話を戻すと、だ」

 ワールドが三分割した円の中心よりやや上、右側の線の境目あたりを指差す。

「サータ、お前が囚われていたのが帝都に近いギルド側の街だ。実際は国土的に言えば大半がギルド共同体に属している。要は都会の帝都と、昔から存在している西側の街や村とも呼べない集落、それ以外はギルド共同体だという認識で問題ない」

 三分割した円の上部を大きく囲い斜線を入れる。

 同様に下側も斜線を入れ、中央部の『ギルド興国共同体』と示した部分に組み込む。

 領土としてはいびつな三分割ではあるが、様々な歴史的な流れから結果として生まれたのが現在の形である。


「そして俺たちがこれから目指すのが――」

 ワールドが斜線を引いた上部を指し示す。

「サータがした北の村だ」

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