03 旅する罹患者1

「さて、俺はもうしばらく描いているから休憩してろ。お前らも歩き詰めで疲れただろう」

 そう言って再び描画作業に戻る。

「な、何よ自分勝手に行動しておいて……」

「まぁまぁ、ワールド様なりに気を遣っていただいたということです。さ、お姉さま。あちらに木陰がありますし、あそこなら日傘を差さなくても大丈夫でしょう?」

 サータが上手にグラを誘導する。

 ワールドの邪魔をしないよう、そしてグラも休憩できるようにと立ち回るサータにまで気を遣わせてはならないとグラも観念する。


「ところでお姉さまはその、ただの日除けというわけでは無いんですね」

 二人で大きな木に腰掛けながら、サータが尋ねる。

 少しの間沈黙が続く。

 どんな言葉を紡ごうか。

 思い悩んだ末にグラがやはりありのままを伝えようと、口を開く。


「そう。いつからだったかしら……。12歳、もう13歳になっていたかも覚えていないけれど。ある朝、いつものように外に出たら違和感があってね。立ちくらみとか、そんな感じの症状がずっと続いて、寝不足だったっけ? なんて思いながら、いつも通り過ごしてたのよ。夜になったら症状も落ち着いたし、次の日になったら治るだろうって」

 サータは真剣にグラの話を聞き入っている。

「翌日になっても結果は同じ。気分は悪いし頭はくらくらするし、でも毎日の仕事はやらなきゃって無理して頑張っていたのだけど、急に倒れちゃってね。結構長いこと、意識がなかったんだって」

「そんな大変なことに……」

「その時、アタシを助けてくれたのが『天使病』について調べていた旅人でね」

 その単語にサータは反応せざるを得なかった。


「天使病の……」

「そ。だからアタシはその人に付いていったの。もしかしたら何か情報が手に入るかもしれないからって。ほとんど家出みたいなものよ」

 そう語るグラの態度に後悔している様子は感じられない。


「その人は見ず知らずのアタシのために、ありとあらゆる手を尽くしてくれたわ。何人もの医者に診てもらったけど、原因は全く不明」

「お姉さま、それって――」

「ええ、アタシもを考えた」

 彼女は淡々とした口調で続ける。

「アタシも、天使病なんじゃないかって」


「つまり、結果は違ったと……」

「ええ。よくわからないけど、信頼できる情報筋の判断によるとアタシは天使病、と。それに、もし天使病なら不思議な能力に目覚めたりするものだけど、アタシといえば元気で体が丈夫なことが取り柄ってくらいだもの」

「そう、なんですね……」

 サータは残念そうな、やや気落ちした相づちを打つ。

「ええ、ええ。サータは悲しむべきではない、と思うのですが、喜ぶべきでもない。そんな、複雑な心境です」


「その健康体もある日突然奪われちゃったのよね。アタシは日光のもとでは活動できない特異体質になってしまった。――もう、そんな顔しないで」

「ごめんなさい、だって」

「別に不治の病って決まったわけでもないし、またある日急に元通りになるかもしれない。それにね、日の差さない室内や夜なら自由に行動できる。夜の世界ってのも案外面白いものよ」

「……はい」

 サータは沈痛な面持ちでグラの独白を聞いている。

「もしアタシが『天使病』だったなら、やっぱりアタシたちって双子なのねって言えたかもしれないけど」

「いけません! お姉さままであのような辛い目にあわせるわけには――っ」

 ぎゅっと。

 サータを抱きしめる。


「ごめんね。アナタだけに、そんな運命を背負わせてしまって」

「お、お姉さま!?」

「でも、もう大丈夫。こうしてアナタは救われた。取り戻せた。もう離さないから、絶対に、絶対に……!」

 グラの声は震えていた。

 そして体の震えも、サータには伝わっていた。

「ふふ、ありがとうございます、お姉さま」

「ごめんね……ごめんねぇ……!」

 次第にサータの顔色が悪くなる。

「あ、あの……お姉さま、ちょ、ちょっと、強す……ぎ……」

「ああっ! ご、ごめんねっ!」

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