彼等は夏の終わりを想うと言う。
@pwmtstars
8/26
「花火ってさ、会社に似てるよな」
時刻は18時47分。開け放たれた窓から覗く景色が薄暗くなりつつある中、唐突に友人が口を開いた。
国民的氷菓子をこれまた国民的炭酸飲料に溶かすのに夢中だった僕は、無視すれば良かったものを素直に反応してしまう。
「は?」
「いや、ここで言う花火ってのは打ち上げ花火のことなんだけどさ」
友人は僕の「頭大丈夫かお前?」という意味を込めた疑問を都合よく捉え、話を続ける。
明らかに面倒くさくなりそうな話題だった。
コイツはよく今思いついたと言わんばかりのどうでもいいことを言う。
脊髄で会話するタイプ。こういう時は無視をしておけば大抵静かになる。
友人から目を逸らすため、窓外に広がる空を眺める。
先週までは夜を焼き尽くしてしまいそうなほど、いつまでも太陽が照り輝いていたのに、最近は有難いことに早々に音を上げてくださる。
とは言ってもまだ涼しさには程遠く、肌に張り付くベタベタとした空気が煩わしい。
「似てるよな?」
再度の問いかけ。どうやら同調をお求めらしい。
ガタガタと音を鳴らし、壊れかけの扇風機が首を振っている。
僕もそれに倣って首を左右に振ってみる。
それを見た友人も、お前は何もわかってないとでも言いたげな顔で左右に首を振る。
「俺もお前も、社会人二年目なんだ。花火を見て思うところがなくてどうする」
「花火に思うところはあるけど、会社を連想できるほどうちの会社は丸くないし、想い馳せれるほど愛社精神に溢れてもない」
再度友人が首を振る。お前は何もわかってないとでも言いたげな顔。
「花火ってのは、袋の中にいろんな色の火薬をたくさん詰めて作るんだよ」
ついに語り始めてしまった。
ここまでくるともう聞くしかない。
「まぁ、それは知ってるけど」
実際に作っているところを見たことはないが、ある程度想像はできる。
詳しいことは俺も知らんが、と前置きをしつつ友人が続ける。
「火薬の量とか、どの色を入れるとか、どんな風に広がるとかは全部職人の方が決めるんだ」
「まぁ、そりゃそうだよね」
友人の語りに熱が入り始めた。
暑苦しいことこの上ないが、そろそろ本質に触れるつもりなのだろう。
真面目に聞くつもりなど一切ないが、コイツの話し方には人を引き寄せる力がある。
大手飲料企業営業部のエース。才能の無駄遣いだ。
「そうだ。つまり、中の火薬達は自分の意思で、自分の思うように光り輝くわけではなく」
「上の命令で動かされてるだけってことね」
友人が首を振る。今度は縦。満足気な表情をしていらっしゃる。
「似てるよな?」
「今後花火を見ても感動できなくなりそうだ」
今後一生花火を見るたびにこの会話を思い出すだろうなと思った。
女の子と祭りに行って迂闊に口を滑らそうものなら地獄だ。
「・・・綺麗だね」
「会社みたいだね~」
想像しただけで帰りたくなる。
「大人になると、今まで綺麗だと思えていたものが別の見え方をするもんだ」
さっきまでの熱量はどこに行ったのか、途端に落ち着いた口調で語り始める。
忙しいヤツだが、僕にはこれくらい忙しいくらいがちょうどいい。
「夏休みなんてものはないし、夏の終わりを恨むこともない。夏が終わるからと言って、日々に変化があるわけでもない。学生の頃の夏は、何も予定がなくても特別だった。俺たちにとって、夏は綺麗なものだった」
何かを思い出すように。大切なものに触れるかのように。友人は語り続ける。
「でも、昔はよかったと思うだけってのは、悲しすぎる」
ただ取り留めのない愚痴のはずなのに、とても大切なことを言われているような気がした。
「大人になったら、何を綺麗だと思えばいいんだろうな」
毎年、夏が来るたびに。
もしかしたら毎日。
僕たちは、何かを失っていくんだろうか。
失った夏から、何も取り戻せないんだろうか。
今更のように思い出して、机に放置してしまっていたアイスを口に運ぶ。
結局話に夢中になって、ほとんど溶けてしまっている。
「綺麗かどうかはわからないけど、夏は特別なんだと思うよ」
友人が真面目な顔でこちらを見る。
もしかしたらコイツは、何か思うところがあってこの話を始めたのかもしれない。
大人になっても未だ、夏が終わるのを恐れている僕を心配しているのかもしれない。
大人になると、何かを好きだと言うことすらも忘れてしまう。
それでも、夏になるたびに思い出す。
スイカがうまい。素麺がうまい。プールは行かないけど。花火は本日をもって要検討。
だから夏が好きだ、と。
そしてなにより。
「アイスがうまいからね」
彼等は夏の終わりを想うと言う。 @pwmtstars @pwmtstars
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