スタンド・バイ・ミーを聴きながら

斐伊川勇

スタンド・バイ・ミーを聴きながら

玄関から扉が開く音がした。

時刻は22時。早紀が帰ってきたのだろう。


「おかえりー」


共にシェアハウスを行っている彼女に声をかけた。


「あぁうん。……ただいま」


虚ろな目でそう答える。心なしか疲れを感じさせる声をしていた。


「どうしたの? 元気ないね」

「なーんか疲れちゃってさー」


彼女の仕事はどうにも大変らしく、疲れを訴えてくることは普段からあった。それを踏まえても今日はいつもよりも、追い詰められているような表情をしていると感じる。


「もう死のうかなって」


大きく息をつくと、どこか開き直ったようにそう呟く。


「これから良くなってくように思えないし、つらくなってくばっかりだし、このあたりで死んでおくのも選択肢の1つかな」


引きつったような笑みを浮かべて言ってはいるが、その言葉は冗談や悪ふざけで言っているのではないと感じられた。

シェアハウスという形ではあるが、同じ家で暮らしている者として、私はどんな言葉をかけるべきだろうか。

数分彼女の言葉に答えることもなく、じっくりと考える。そして、1つの答えが出た。


「じゃあ、一緒に死んでみる?」


彼女の自殺に付き合ってあげることにした




1週間ほど心中の場所や方法について話し合った結果、樹海の奥地で練炭自殺を行うことに決めた。

移動は車を借り、心中もその中でやる。

そんなことも決めてから1週間後、決行の日。


「なんかアレみたいだね、今の状況。映画のヤツなんだけど」

「アレ? そんな映画あったかな」


早紀が軽々しく運転中の私に声をかける。車通りの少ない場所にいるため、多少付き合いながら運転しても大丈夫だろう。雑談に乗ることにした。


「心中のためにドライブするって、なにかしらあったとは思うけど、ちょっと思い出せないかなー」

「あー……と、もしかしてあれかな。『スタンド・バイ・ミー』ってタイトルだったかも」

「それは死体を探す旅じゃない?」

「そうなんだけどこう……雰囲気?」


死体を探す旅と心中旅行。どこからどう考えてもまったく違うものだ。それにあの映画の主人公は4人の男子であり、女2人でもない。


「言いようによっては近いかも。私たちがやってるのは死体になる旅でしょ? ほら、響きは同じ」


……悪趣味な言い方だ。そう思いつつハンドルを切る。

ほんの少し車内が静まり返ったかと思うと、後部座席から何かを口ずさむ声が聞こえる。

よく聞くとそれが『スタンド・バイ・ミー』の主題歌のイントロであることに気づいた。きっと映画の話をしていたので、曲のほうも思い出したのだろう。

その後も延々とイントロが聞こえる。さすがに私も焦れてきた。


「イントロ長すぎでしょ。ボーカルのパート入りなよ」

「……フフフーン。フフーン」

「ボーカルうろ覚えかよ……」

「洋楽の歌詞なんてそんなに覚えないもん。小春は歌えるの?」

「……うぇんざーない。はずかむ。……フフフー、フーフーン」

「人のこと言えないじゃん」

「うるさい。ほら、そろそろ目的地つくよ」


10mほど先に目的地が見える。

そういえばここ行くの言ってないや、と思いながら駐車場へと入った。




「あれ? ここ何?」


車から降りると、彼女は周りを見渡した。

1軒のそば屋があり、その周りには田んぼやら畑やらが広がっている。


「美味しいって話題のお蕎麦屋さん。樹海から近かったから行ってみようかなって」


都心部から離れているはずだが、2、3人並んでいる。人気であるのは間違いでは無さそうだ。


「なるほどー、最期の晩餐って訳ね!」


どうだ上手いこと言ってやったぞという顔で、こちらを見てくる。


「……まぁ、そういうことだね。ほら、早く行こう」


良い反応をもらえなかったからか、彼女は拗ねたように店へと向かっていった。




出てきた蕎麦はとてもシンプルだ。おそらくその辺の定食屋でも出されるだろう。

しかし、良い食材でも使っているのか、クオリティがまるで違う。


「んー、美味しい!」


満足そうに早紀は食べている。いたく気に入ったのか、どこが美味しいのかを捲し立てている。

そんな姿を見ていると、初めて2人で出掛けた日を思い出してきた。


「……聞いてる?」

「あぁ、ごめん。牧場のときもこんな感じだったなーって」

「そうだっけ? 確かにあのアイス美味しかったけど、こんなに話してたかな?」

「話してた話してた。なんか楽しそうだと思った」

「そんなこと考えてたんだ。なつかしー、羊とか可愛かったよね」


そばを食べながら、初めて出掛けたレジャーについて2人で話し始める。

そういえばこのくらいの季節だったかな。そんなことを思い出してきた。




「牧場行きたい」


テレビを見ていた彼女がそう呟く。


「牧場ー? このあたりそんなのあったかなー?」

「車借りればいけるよ、免許持ってたでしょ確か」

「あるけどさぁ……」


私は元来インドア派で、休みは寝るかゲームをやる人間である。


「行こうよ。ほら、羊は可愛いし、アイスも美味しそうだし」


テレビを指差すと、アナウンサーがアイスを舐めていた。

美味しそうではある。しかし、それとこれとは別物だ。

外は暑いだの、日に焼けるだの私は文句を垂れ流し続けた。


「……分かった。ちょっと待って」


彼女は神妙な顔でリビングから出ていく。

諦めてくれたかなと軽く考えていると、早紀は帰ってきた。


「はい、今私の名義で車を借りました。来週末は牧場です」

「……え? ちょっと待って、もう借りたの!?」

「借りました。お金は私持ちだから、良いでしょ?」

「いや、そうじゃなくて!」


そのあともうだうだと言い争っていたが、結局私が折れる形で行くことにした。

実際に行ってみるとお互い目一杯楽しんだためか、「月1回アウトドアな休日を!」が習慣になっていた。

動物園、博物館、遊園地からテレビで話題のパーキングエリアで、とにかく2人で色々と。

そういうこともあってか、今回の心中旅行も気分的にはその延長なのかもしれない。




「いやー、食べた食べた」


蕎麦屋を出た私たちは車に乗り込み、目的地である樹海へと向かった。

車中でも思い出話は続く。今から行うことに関する逃避でもするように、これからの話は一切しない。

話してる内に車は樹海に入り、そのまま車がギリギリ通れるかどうかの、整備されていない道の真ん中で止まった。


「とりあえずこのへんなら人来なそうだよ」


ハンドルから手を離し、早紀に伝える。


「確かに良い場所かもしれない。車で1時間くらいだったけど、こんな場所あるんだね」


感心したように早紀が周りを見回した。

自分達が乗ってきた車の2倍以上はある高さの木々が立ち並ぶ樹海だ。何かの通路に使われている様子も無く、特別に用事が無ければ人が来る気配も無い。

人知れず死ぬにはベストな場所であるように思える。


「これからやる訳だけど、何か話すことある?」


彼女に向き合い訊ねる。最期になるのだし、伝えておきたいことは伝えておこう。そんなふうに考えていた。

早紀は数秒考え込むと、こちらを見つめ始める。


「小春はなんで心中を提案したの?」


確かに彼女はつらくて死を望んだが、私はそうでもない。疑問に思われても仕方ないのかもしれない。

さっと答えたいところだが、実は大した理由は無い。

どう答えたものかと30秒ほど唸ると、やっとそれらしきことを思いつく。


「早紀とだったら心中でも楽しいかなーって、1人だったら絶対に自殺なんてしないと思う。でも早紀とだったら死ぬときも楽しそう」

「そっか。……なんかごめんね」

「気にしないでいいよ。私が勝手について来てるようなものなんだからさ。それに……」

「それに?」

「突然車借りて運転やらされたときのほうが、私としては謝ってほしいかも」


口角を上げて嘲笑したかのように微笑むと、「その話はもういいでしょー」と彼女の反論が聞こえる。




「じゃあ、そろそろ死のっか」


彼女がそう言うと、七輪と練炭を取り出した。

準備はいたってスムーズに行われ、七輪の中に練炭が詰め込まれた。


「あとは火を着けるだけ?」

「うん、それだけ」


こういう言い方は良くないかもしれないが、なんとも手軽なものだ。


「私たちは天国に行くのかなー、地獄に行くのかなー」

「自殺とか心中だと印象悪そうだよね。天国に行くにはちょっと難しいかもしれない」

「うーん、それでもいいかもしれない」


ニコニコと微笑み、彼女は私のほうを見る。


「そのときはまた車借りて天国行けばいいでしょ」

「……レジャー感覚で行けるかな?」

「行けなかったらそのときはそのとき、2人で地獄巡りだ。運転はよろしくね」

「どちらにしろ、私が運転するんだね」


そんな軽口を叩きながら、数分私たちは笑いあうと彼女はライターを取り出す。


「そろそろ死ぬけど、せっかくだし手でも繋ぐ?」

「私たち最初に手を繋ぐの死ぬときかー。まぁそれもいいか」


彼女は片手にライターを持ち、もう片方の手で私の手を繋ぐ。

お互い照れるような仲でもない。でも、なんだか気恥ずかしい気がする。


「それじゃあ、またね」

「うん。またね」


別れ際子供のような声をお互いかけると、彼女はライターの火を練炭につけた。

七輪の網の隙間から煙が出てくる。呆けながら見ていると、気がつかないうちに車中が煙で満たされていた。

走馬灯は見えるのかなと期待してみても、煙越しの樹海しか目に映らない。

ほんの少しがっかりしていると、何かが聴こえてくるような気がしてきた。

なんとなくその音楽に覚えがあった。これは2人で先ほど話していたスタンド・バイ・ミーだろう。

結局あの若者たちは死体を見つけれたのか、どう話は終わったのか。また早紀に訊いてみることにしよう。

そんなどうでもいいことが頭をよぎると、私は静かに目を閉じることにした。

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