戦力

「わたしたちが一番警戒すべきは、身体が動かせなくなることです」


【サイファリス】が潜む森の手前で、三人は食事と作戦会議の時間を取ってた。荷物からサンドイッチと水瓶を取り出し、魔除け代わりの香を焚く。日は高いので明かりは必要なかった。


「【サイファリス】は周囲一帯を吹雪にする、と言われていますが恐らくその情報は正確ではありません。はじめは疑念でしたが、ここまで来て確信に変わりました。もし天候操作能力であれば、このあたりもその余波で天候が崩れているでしょう」


 そう言ってダルクが頭上を見る。広がるのは雲ひとつない青空だ。少し視線をずらして森へと向けても、やはり青空が続いている。


「あくまで予想……仮説にしか過ぎませんが、わたしは【サイファリス】の能力を氷結能力に準ずるものであると考えました。分類は獣種ビースト赤鷲型レッドイーグルということですから、起点は翼か口……吐息でしょう。翼による吹雪起こしか、冷気を吐き出すのか、はたまたその両方か。詳細がわからない以上、どちらも警戒するに越したことはありません」

「ッチ、面倒だな。氷の礫を飛ばすならともかく、風となると槍じゃそう防げねえ」

「接近もしにくそうだね……起点が敵なら、吹き飛ばされる可能性があるな」


 それぞれ自身の戦い方で脳内シミュレーションを行ったのだろう、ウタとライトが厳しい表情で言った。


「先に言っておきますが、今回わたしはほとんど戦力になりません。無論サポートは行いますが、最初の一手以外は有効打にならないでしょう」

「……あ?」


 思わずといったようにウタが声をあげた。


「おい待てダルク。今更戦い方変えるってのか」

「変えるつもりはありませんよ」


 二人のやり取りにライトが怪訝そうな表情になり、それを見たダルクが「これまでのわたしたちの戦い方の話をしましょうか」と話し始めた。


「ライト、あなたは既に知っているでしょうがウタの戦い方は守るためのもの。魔獣を殺すことには向いていません」

「守護槍、だよね」

「ええ。倒すよりも、倒されないことを選んだ武術のひとつ。数は少ないですが攻めの型も存在しますから、魔獣を殺せないわけではありません。それでも相手の命を奪うことに向いていないのは事実です」

「長期戦寄りだっていうだけだ。魔獣を殺すことは――」

「ええ、ウタであれば可能でしょう。ですが、今はその話をしているわけではありません」


 ぴしゃりと、にべもなく言葉を遮ったダルクに、ウタは視線で不満を訴えた。それを無視して彼女は言葉を続ける。


「少し話が出ましたが、守護槍は長期戦向きです。ライトが使う対魔格闘技とは正反対と言っていいでしょう」


 殺せないわけではないが致命打も少ない。

 危険が減る代わりに相手を危機的状況に陥れることも難しい。

 ウタが修めた守護槍とはそういうものだ。


「わたしたちはここまで二人で旅をしていました。一人旅より危険が少ないとはいえ、なるべく戦闘を早く終わらせたいという思いはあります」

「長期戦は大歓迎なんだが、野良で戦うってなると何が起こるかわからねぇのも事実だ。慣れてる俺はともかく、ダルクは集中力も切れて」

「余計なことを言わないでください」


 ダルクの拳がウタの腹に決まった。「おぉ、ナイス」とライトが讃える。その横で苦しむウタをよそに、顔を赤くしたダルクが「ごほん」と咳ばらいをする。


「とにかく、守護槍だけで戦うには色々と問題もあります。そこで今まではわたしが前に出て勝負を決める、という戦法を取ってきました。ライトほどではありませんが、わたしの戦法も相手を殺すことに重きを置いているので」

「……殺すという点だけで見れば僕よりも特化してる、の間違いじゃないの?」

「あら、もしかしてわかります?」

「さすがにね」


 手合わせの時にダルクが出したナイフ。指輪などの装飾品含め、武器以外では全く金属が用いられていない装い。それにここまでの会話を組み合わせれば、ライトが答えに辿り着くのは当然とも言えた。


「暗器闘技、だよね」


 暗器闘技。ナイフや針を基本とし、ガラスの破片、矢じり、果ては道端に転がる石まで武器として用いる戦闘技術のひとつである。

 あらゆる道具を隠し持ち、あらゆる方法で戦うと言われ、暗殺術と混合されやすいがそれとは全く別の技術だ。


「暗殺術と間違われやすいだけあって、わたしが用いる暗器闘技は一撃必殺を理念としています。弱点を突くことで少ない威力で相手を殺す。逆に言えば、弱点を突かなければ意味がない。生身の人間相手ならばともかく、魔獣相手では威力ゼロに等しいですから」


 魔獣の種にもよるが、たいていの魔獣は分厚い毛皮や固い皮膚、あるいは逆に柔らかすぎて刃物が立たない身体を持っている。

 対人の戦闘技術と対魔獣の戦闘技術が分けて考えられる要因のひとつが、こういった魔獣の特徴だ。相手の構造が異なれば当然のように戦い方も変わる。


「つまりはまぁ、今までだと俺が敵の注意を引きつつ状況を整えて、ダルクが魔獣をぶっ倒すっつーのが俺らの戦い方だったんだよ」


 ようやく痛みから回復したらしいウタが、それでも殴られた箇所をさすりながらそう言った。


「で? そんなお前がほとんど戦力にならない? どういうことだよ」


 話がはじめの方のダルクの発言に戻る。今度はライトも不思議そうに首を傾げた。


個別名持ちネームドって言っても、獣種ビーストでしょ? 刃物が刺さらないわけじゃないと思うし、弱点もあると思うけど」

「それでも、ですよ。役立たずに成り果てるつもりはありませんが、わたしがどうにかするよりも、あなたたち二人をメインにして戦った方が早い。その作戦を、今から説明します」


 まずは、と言ってダルクが取り出したのは一本のナイフだった。

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