あなたの強み

「【サイファリス】の討伐? そりゃあやってくれるなら嬉しいが……特殊能力持ちだ、危ないぞ。あんたら三人で大丈夫か?」


 そう忠告してくれた宿屋の主をウタが思わず殴り飛ばし、逃げ出すように町を出たのは一時間ほど前になる。

 三人はそれぞれの武器と旅の必需品である道具袋を持って西にある森へ向かっていた。早い出発になったせいで、太陽はようやく顔を見せ始めた頃である。


「だぁあああああっ! クソッタレが!」


 既に町との距離はかなりある。そのためか、ウタは少し前からこうして何度も苛立った叫び声をあげていた。


「三人で大丈夫か、ってなんだよ!? 俺らじゃ力不足だってっか!? 危ないのは百も承知だっての! つーか、それくらいでビビッてんなら果てなんざ目指せねぇってんだ!」


 これもまた数度目の言葉である。


「ウタが苛立つ理由はよくわかるのですが……」

「酒場のときと同じだよね」


 ウタの苛立ちの原因を端的にまとめると「自分たちでは【サイファリス】を倒せないと思われたから」となる。

 三人の最終目標は世界の果てを目指し【魔獣の母】を殺すことだ。それを目指している以上、三人とも自分の力にある程度の自負はある。

 そのうえで自分たちなら【サイファリス】を倒せると三人は判断した。

 つまりウタは、実力を知らない他人からそれを否定されたことが悔しいのである。


「なんで! 何も知らねぇやつからあんなこと言われねぇといけないんだよ!」

「何も知らないから、じゃないかなぁ」


 苦笑をこぼしてライトはそう言った。そんな彼を見ていたダルクが「そういえば」と不思議そうに首をかしげる。


「あなたが怒らないのは意外でした。ウタと同じく、殴りかかるのかと思っていたのですが」

「ん、ああ、僕はあんまり気にならなかったから」

「はぁ? オマエ、あんなこと言われて気にならねぇのかよ!? ムカつかねえのかよ!?」


 会話を拾ったウタがライトに詰め寄った。言葉にはしなかったが、ダルクも驚いた表情をしている。


「だって、彼らが何を言っても僕のやることは変わらないだろ? 他人の評価もときには大切だけど、気にし過ぎたらキリがないし……それに、そんなものを気にするくらいなら、一匹でも多くの魔獣を殺す方が有意義だ」

「そっ! ……りゃ、そうだけど……あー、クソ」


 乱暴にがしがしと頭を掻いたウタは思うことがあったらしい。苛立ちを治めた静かな口調で「俺のやることは変わらねぇ、か」とライトが言ったことを繰り返した。


「ライトは、大人びていますね」

「そう、かな? ただ、自分勝手なだけだと思ってるんだけど……」


 謙遜ではなく本心からの言葉なのだろう。きょとんとした表情でライトが言う。

 それに対してダルクは「そんなことはありません」と首を横に振った。


「自分のしたい事、するべき事。それに伴う周囲の視線はなかなか切り離しては考えられません。わたしだって、ウタほど顕著ではありませんが、周りの評価を気にして苛立ってしまうことがあります。……もちろん、評価を全く気にしないのであれば、ライトが言うように自分勝手なだけです。けれどのあなたは違う。きちんと周囲の意見を聞いて、そのうえで自らの意思を貫こうとしている。他人の評価に振り回されずに進んでいる」


 わたしたちにはない強さです。心の底からの尊敬をこめて、彼女はそう口にした。意味と込められた想いを理解したライトが、顔を赤くして頬を緩める。


「嬉しいね、そう言ってもらえると。照れるや」

「私はただ真実を伝えたにすぎません。間違いなくそれはあなたの強みですから、わたしたちも学ばねばなりませんね」


 ね、と。わざとらしくもう一度繰り返し、ダルクの視線がウタへと向く。「わかってるっての」と拗ねたような声でウタは返した。


「まぁでも、ちょいと安心だな」


 両手を組んで頭の後ろに回したウタが、再び前を向いて歩きながら言った。意味を理解したダルクが頷き、逆に意味を理解できなかったライトが再び疑問符を浮かべる。


「安心って、どういうこと?」

「どうもこうも、オマエみたいなタイプが俺みたいに気にしまくってみろよ。行く先々で殺人事件だっつーの」

「ちょっとまって、それどういうこと」

「そのままの意味ですよ。あなたがウタのように反応するとしたら当然拳が出ています。それを一般人が受け止めきれるはずないじゃないですか」

「ちょっと、ダルクまで何言って」

「いやーよかったぜ。いくら気に入った奴って言っても犯罪者と旅するのは面倒すぎるからな」

「気軽に町にも立ち寄れなくなりますしね」


 うんうん、と頷きあう二人にライトが「なにそれ!」と不服そうな声を挙げる。


「でも事実でしょう。付き合いは短い……とすら言えないほど、出会って間もないですが。昨日の手合わせを見ていればそれくらいわかります」


 いたずらっぽく笑うダルクに、ライトは言葉を詰まらせた。否定はできないらしい。もにょもにょと口元をしばらく動かしたあと諦めたようにうなだれる。


「そりゃあ、口喧嘩で勝てる気しないし、面倒だから手が絶対出るけど、一般人相手なら手加減は……たぶん……」

「できないだろ」

「できませんね」

「できるって! …………きっと」


 かなりの間をおいて小さな声で付け足された言葉に、ウタとダルクの笑みが深くなった。その笑みがからかいのものだと覚えたライトは、先日宿へ逃げかえった時のように「ほら!」と大声をあげて前方を指さす。


「僕のことはもう終わり! 森、見えてきたし!」


 その言葉に自然と全員の視線が森へと向かった。

 ビグスへと続く、白く染まった森。

 魔獣【サイファリス】の待つそこが、目前に迫っていた。

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