個別名持ち

「わたしたちは仲間集めを意図的に行うつもりはあまりありません。ライト、あなたが加わったのならばなおさらです。もちろん出会いは大切にしますが……仲間集めよりも、果てへの旅を進めるべきだと考えています」


 訓練所から宿屋へ向かう道すがら、ダルクはライトに今後の予定を説明していた。

 この町にある宿屋は一軒のみのため、必然的に三人が宿泊する場所は同じとなる。

 未だ騒がしい酒場の並ぶ通りを抜けて話を進める。


「人類活動領域の境界、最西端の町であるウィコスの砦を目指し北西へと進みます。その途中にいくつか町がありますので、立ち寄って物資の補給を行い……場合によっては旅の仲間を増やします」

「ここから北西となると……次はビグスかい?」


 脳内に地図を思い浮かべ、ウタは近隣の町の名前を挙げた。

 この町の西には小さな森が広がっていて、そこを抜けるとビグスという葡萄酒で有名な町に出る。森には魔獣が多く出るが、比較的弱いものばかりなので物流も盛んだ。

 特にこの町は、ビグスが近いこともあり安価で葡萄酒が提供される。ビグスの葡萄酒を目当てに町を訪れる人も少なくはない。

 少ない護衛で通り抜けられる森だ。普段ならばライト一人でも問題なく進めただろう。

 だが現在はそうもいかない。ライトはこの町に着いてすぐ、ひとつの噂を聞いていた。


「ビグスに向かう途中の森に、個別名持ちネームドが出たっていう噂を聞いたけど」


 通常の魔獣より強いものには個別に名前が与えられることがある。それが個別名持ちネームドだ。

 個別名持ちネームドは何かしらの戦闘能力がずば抜けて高いものと、おとぎ話に出てくる魔法にも似た特殊能力を使うものとに分けられる。

 どちらの場合も種と型を用いた通常の分類には収まらない強さを持つため、警戒しない理由がない。


「【サイファリス】のことですね。もちろん、わたしたちも話は聞いています」

獣種ビースト赤鷲型レッドイーグルで特殊能力持ちだって話だ。厄介そうだが、俺らが避ける理由はねぇよ」

「ええ、むしろ丁度良いかと。この周辺であれば個別名持ちネームドだとしても倒せないほどではありませんから」


 魔獣は世界の果てに近づくほど強くなるという特徴を持つ。個別名持ちネームドもそれは変わらない。


「ウィコスの砦周辺の魔獣は、この辺りの個別名持ちネームドと変わらない強さを持つとも聞きます」

「【サイファリス】程度に苦戦してるようなら実力不足ってわけだ。どうせ誰かが倒さなきゃいけねぇ魔獣だし、俺らがさくっと倒しちまおうぜ」


 軽く言ってのけたウタは、自分たちならば勝てると疑っていないようだった。

 慢心しているわけではないのだろう。「ま、だからって油断していいわけじゃねぇけど」と続ける。


「なにせ特殊能力持ちだからな。常識が通用しねぇ」

「うん、そうだね。三人なら倒せるだろうけど……能力特化の魔獣よりは倒しにくいんだろうね」


 個別名持ちネームドの話を振ったライトも倒せないとは思っていなかった。確認の為に話題にしただけで、それを避けて通る気はない。

 もっとも、一人なら躊躇っていただろう。魔獣の持つ特殊能力はそれだけ厄介だ。はるか昔には見るもの全てを石に変えてしまう魔獣までいたという。

 幸い【サイファリス】の持つ特殊能力はそこまで理不尽なものではない。一人であればかなり苦戦するだろうが、三人ならばある程度の余裕をもって挑めるだろう。


「現在出ている情報によると、【サイファリス】は周囲一帯の天候を吹雪に変えてしまう特性を持つ……局地的に吹雪を強くすることもおそらくは可能でしょう。氷結能力があることも考慮して――」

「あー、そこら辺の作戦はダルクに任せるわ」

「……はぁ」


 わざとらしい、大きなため息をダルクが吐き出した。ちらりとライトに視線をやった彼女だが、すぐに首を振ってもう一度ため息を吐き出す。


「……お願いですから、殴り続ければ勝てるなんて無謀なことしないでくださいね」


 ウタが戦法をダルクに丸投げするのは昔からだ。

 ただウタは「死ななければ勝ち」という信念のためか、戦闘で無理に前へ出ることはない。我慢強く敵を引き付けて、確実な一撃を狙うことが多いのだ。

 対して、ライトはどうか。

 まだ共に戦ったわけではないため憶測に過ぎないが──多少の怪我は無視して前に出るのではないかと、ダルクは疑っている。

 危機察知能力はある。そうでなければウタの〈諸刃〉を避けることはできなかったはずだ。


(だからこそ、心配なのですが……)


 危機察知能力があるということはつまり、致命傷にならない攻撃を見極められるということである。

 そしてライトは、致命傷にならないのならば前に出るのではないか。

 ダルクの懸念を感じ取ったのか、ライトが明後日の方向を向いた。


「…………戦えなくなるようなヘマはしないよ?」


 しばらくの間を置き、ライトはそう言った。「オマエなぁ」と、これにはウタも呆れた声を出す。


「まあいいです。最初は噛み合わなくても、実戦を重ねてあなたが前に出ても怪我をしにくいようにするだけですから」

「だからって無茶していいわけじゃねぇからな」

「あ、はは……善処はするよ……って、あ、もう宿に着いちゃったね。二人ともまた明日!」


 タイミングが良いのか悪いのか。

 少し先に宿が見えたところで、ライトは逃げるように駆け出す。

 その背中を見て、ウタとダルクは揃って大きなため息を吐き出した。

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