鏡に映したように
「実力を確かめるという意味での手合わせは、あのやり取りだけで十分でしょう」
両手に持ったナイフを二人の首に突き付けたままダルクは言う。一歩でも動けば喉元に刃が突き刺さる距離だ。必然的に、距離を詰めようとしていたライトも、槍を構えようとしていたウタも、ぴたりと制止することになる。
乱入者の排除へと思考が切り替わる、その隙間。瞬きひとつよりも短い時間ではあったが、二人が正気に戻るには十分な時間だった。
二人の間にあった、魔獣を相手にするときのような緊張感が霧散する。
手合わせにはふさわしくない殺意が消える。
目の前にいるのはもう一人の自分ではなく、先ほど出会ったばかりの他人なのだと理解する。
「……ッチ」
先に現実へと戻ってきたのはウタだった。戦っていた時のものとは違う不機嫌な舌打ちを放って武器を降ろす。
ライトも直後に拳を降ろし、同じように不機嫌そうな表情を浮かべた。
「不満を抱くのは自由ですが、手合わせという名目を忘れてしまっていたあの状態ならばまず間違いなく死人が出ていました。止めてもらったのだと、感謝してほしいくらいです」
わざとらしいため息を吐いて、ダルクは不要になった牽制のナイフをしまう。
ライトもウタも不機嫌そうな表情を浮かべたままだが、彼女の言葉には何も返せない。
ダルクの言葉は真実だ。あの瞬間二人の思考に手合わせという単語は残っておらず「次の一手でどう相手をつぶすか」のみを考えてた。
そんな思考の二人が戦い続ければどうなるかは火を見るよりも明らかである。
「……まぁ、熱くなる理由もわからなくはないですが」
横で見ていただけのダルクも二人の戦う姿を見て驚いていた。
戦闘に対するスタンスも、使う武器も、容姿も、何もかもが違う。それなのに二人が戦う姿はよく似ていた。
鏡に映したようにそっくりで、鏡に映したように正反対だった。
「あー……」と気の抜ける声を出して、ライトが床に座り込む。
「たのしかった」
ようやく表情を和らげて吐き出したのはそんな言葉だった。
ウタは少し驚いてみせて、しかし同じように表情を和らげ「ああ」と頷く。
「最高だった。こんな出会い、なかなかねぇよ」
「……本当に馬鹿ですね、あなたたち」
理解ができないといった様子のダルクに「馬鹿で何が悪い」とウタが返す。一方でライトは「あ、そうだ」と座ったまま声をあげた。
「そういえば、ここに来る前のアレ、なんだったんだい?」
「アレ?」
「うん。ほら、ホンモノの馬鹿って言ってただろう」
あとは無意識だとか、自覚がないとか。
そう続けたライトに対し、ダルクが「まだわからないのですか……?」と言った。馬鹿にしているというよりはむしろ引いているような言い方だ。実際、わずかに身体が引けたことにウタは気づいていた。
「オマエさぁ、考えるより殴ったり蹴ったりするタイプだろ」
「……? うん」
当然だとライトは頷いた。思考する暇があれば殴って解決した方が早い。作戦が必要ないとは言わないが、少なくとも自分一人で闘うのであれば、考える前に相手を倒してしまえば良い。
「それが馬鹿なんだ。気づいてたか? オマエ、通りで話した時、手合わせのことを暴れるって言ってたんだよ。しかも無自覚だ。俺も大概だが、それにはさすがに気づくっての」
「……え? でも、暴れたよね?」
「くっ、ははっ! ああそうだな。まあ、暴れたが……ふはっ! やっぱオマエ馬鹿だろ! 思考回路が物騒すぎるんだよ。あれだな? 脳筋ってやつだな?」
「物騒って……酒場でクソカスなんて言ってたキミには言われたくないんだけど」
「だから、あなたたちはよく似ているんですよ」
笑い過ぎで喋りにくそうなウタに代わり、ダルクがそう言った。
「とにかくあなたは、ウタ並みの馬鹿で、脳筋で、戦闘狂で、物騒な思考回路の持ち主です。まずはそれを自覚してください」
「そんなに言われるほどじゃないと思うんだけどなぁ。少なくとも、出会ってすぐに殴りかかったり、罵声を浴びさせたりはしないわけだし」
「それは常識なのでは……?」
「ふはっ」
うーん、と不思議そうに首を傾げたライトに、ダルクはなんとも言えない表情をした。ようやく笑いが収まりかけていたウタが、そのやり取りでまた吹き出す。
「あー、本当に最高だ。オマエみたいな馬鹿に会えるなんて思ってもなかった。……そう思えば、あの酒場の野郎にも感謝だな。ムカつくやつだったが、あれでオマエが俺らに目を付けたってんなら、それは喜ばねぇと」
「いささか馬鹿が過ぎる気もしますが……ウタの言う通り、でしょうか……」
ウタは楽しそうな、ダルクは苦虫をかみつぶしたような、そんな表情を浮かべた。馬鹿と連呼されたライトはまだ不思議そうな顔で「そんなに馬鹿かな?」と首をかしげている。
「なぁ。ライト」
口元は弧を描いたままだが、ひとまず笑いを治めたウタが、初めてライトの名前を呼ぶ。
「俺らと一緒に来いよ。果てに、【魔獣の母】を殺しに行こうぜ。……あぁ、断ってもいいが、その場合は俺らが勝手にお前についていく。よろしくな?」
にっと笑ったウタが、座ったままのライトに手を差し出した。断られることは考えていない。
そして。
「……うん、もちろん一緒に行かせてもらう。よろしくね、ウタ、ダルク」
それが当然であるというように、ライトもまたその手を取った。
「馬鹿が増えた……」というダルクのため息混じりの言葉には、二人ともが全力で聞かなかった振りをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます