五回殺せて、五回死ぬ

 訓練所のすぐ横にある詰所には、運が良いことに責任者クラスの兵が夜勤で滞在していた。ウタとダルクは彼に事情を説明し、場所を使わせてほしいと頼む。

 許可はすんなりと出た。兵士用の利用者名簿に一般利用として名前を記入する手間はあったが、それ以上の面倒な手続きは発生しなかった。


「本当は身元証明とか、規約の確認とか、まあ色々あるんだがな。今回だけは特別だ。恩もあるしよ」


 利用許可を出してくれた兵士はそう笑っていた。彼は訓練所まではついてこなかったので、今はライトとウタ、そしてダルクの三人のみである。


「思ったより広いね」


 所内を見回して、ライトはそう言った。

 メインとなる大部屋には無駄なものが一切置かれていない。天井はかなり高く作られており、安心して長物を振り回せる造りになっている。

 ここにたどり着く前にいくつか小部屋を見かけた。訓練用の武器や簡易の救護道具はそこにしまわれているのだろう。


「そういや、オマエの得物は?」


 ウタはライトにそう尋ねた。銀の槍シルバーランスを持つウタとは違い、ライトは何も武器を手にしていない。


「僕はこれだよ」


 言いながら、ライトは自分の手を握ったり開いたりしてみせた。よく見ると、指の付け根のあたりにベルトを通すような穴があることがわかる。


「本当はここに専用の刃物をつけるんだけど、対人訓練ならない方がいいよね」

「マジかよオマエ、いやマジかよ」


 その言葉を聞いて、ウタはひくひくと口の端を引きつらせた。


(きれいな顔してやがるし、騎士みたいなもんだろうって思ってたんだが……)


 剣でも弓でもなく、拳。当然のようにそれを使うのだとライトは言い切った。


(「暴れる」と言ったのも無意識だったようですし……)

(先に拳が出るタイプだな、こいつ)(先に拳が出るタイプですね、彼)


 ウタとダルクの思考が一致する。

 そもそも二人がライトを見た時の第一印象は「優しい若者」だったのだ。ライトが事情を説明する前、ウタが「文句を言いにきた」と思ったのもそれが理由である。

 戦うよりも、畑を耕したり、教会で祈りを捧げたりしている方が似合う、そんなイメージ。

 その印象が一気に崩れ去ったのが、ここに来る前の会話である。


『当然だけど町の中で


 ウタとダルクが提案したのはただの手合わせだ。果てを目指している以上お粗末な喧嘩のようにはならないだろうが、だからといってわざわざ「暴れる」と称するようなことでもない。

「武器を振り回すわけにはいかない」「勝負するわけにはいかない」

 言い方はいくらでもあったはずだ。それなのに、ライトは暴れると言った。しかも無意識で、自覚がなく、その後のウタとダルクの反応を見ても何故二人が驚いたのかわからないでいる。

 だから、ウタは言ったのだ。


(こりゃマジで俺と同じ馬鹿だ)


 魔獣を殺すことを義務とすると同時に、戦闘という行為を楽しむ戦闘狂バカ

 ぐるりと槍を一回転させて持ち直し、ウタはにやりと笑みをこぼす。それを見て、ライトも同じように笑みを浮かべて腰を落とした。

 そして――お互いの構えを見て、二人は奇しくも同じことを思った。


((十回戦えば、五回は殺せて、五回は死ぬ))


 思うと同時に、二人は床を蹴っていた。

 実力を計る手合わせなんて名目はもう意味がない。ウタとライト、そして壁際に避けていたダルクもが、二人の実力がほぼ同じであることを察していた。

 ある程度の力をつければ、構えた段階で実力差をある程度察知できる。無論、それが確実に正しいというわけではない。予想外の差が出ることもある。

 ただ、この時だけは例外だった。

 武器は違うし、容姿も全く違う。

 それでも二人は鏡を前にしたような感覚に陥っていた。


 まずはウタが槍を横に凪ぐ。一手目に突きではなく凪ぎをを持ってきたのは、相手を懐に入らせないためだ。

 実力が均衡している以上、一手目で決まるとは思っていなかった。自分の手前に直接入り込めないよう妨害目的で槍を振るう。相手に当てることが目的ではないので、切っ先は斜めに下を向けていた。

 ライトはそれを半歩引くことで回避した。そのまま重心を下に落とし、バネを利用して槍を飛び越えるように前に出る。横に流した直後のため、槍を戻すのも間に合わない。


「――ッ!」


 小さく息を吐きだし、ウタの喉元を狙って拳を突き出す。

 対魔格闘技の〈第二の拳セカンドフィスト〉。

 〈第一の拳ファーストフィスト〉や〈第三の拳サードフィスト〉と並ぶ、対魔格闘技における基本の型のひとつだ。

 〈第二の拳〉は特に人型の魔獣に対する使用が想定された技であり、その衝撃で首の骨を砕くために用いられる。

 手合わせで用いるには過激なそれを、ライトは何のためらいもなく放った。

 直撃すればまず間違いなく命を落とすことになる。風を切って迫る拳を前に、それでもウタは冷静だった。


 両手で持っていた槍から右手を離し、手を開いて勢いよく槍の手持ち部分を押してやる。その勢いで、ぐるんと槍が回転。刃のすぐ下に右手をやって、斜めになったところで固定する。

 守護槍〈流転〉。ウタが修めた技のひとつであり、攻めのから守りへと瞬時に切り替えるためのものである。ここから別の技へと派生させ、敵の攻撃を受け流すというのがメジャーな使い方であるが――


 がぎん、と拳と槍がぶつかる音が響いた。


「!!!」


 次の技は間に合わない。だから届く。

 そんなライトの予測に反し、ウタはその拳を槍の柄で受け止めていた。驚き目を見開くライトに対し、ウタはにやりと笑みを浮かべる。

 瞬時、ライトはほぼ反射的にバックステップを取った。直後ウタの槍が先ほどまでライトがいた場所を切り裂く。


 守護槍〈諸刃〉。〈流転〉から派生するもののひとつであり、敵の攻撃を受ける覚悟で相手の隙を突くカウンター技。

 本来ならばある程度のダメージが避けられないそれを、ウタはノーダメージで放ってみせた。

 仕組みは単純だ。

 ウタは〈流転〉を技の起点ではなく、ひとつの防御技として用いた。

 二つ目の技が間に合わないのならばそれ単品で受け止めてしまえばいいのだ。そうすることで相手の攻撃を止めて、それからカウンターを放てばいい。

 カウンターは隙を狙ったものではなくなるから、本来の使い方に比べれば相手に命中する確率は一気に落ちる。

 しかし、今まさにライトがそうしたように、詰められた間合いを再び開くには十分だ。槍の長所のひとつであるリーチの長さ、それを生かすための距離を取り直すのは戦略としても重要といえる。


 とはいえ、言葉で説明するほど簡単なことではないのも確かである。

 そもそも槍の柄は決して幅があるわけではない。一点を狙った拳であるとはいえ、柄の部分で遮るのはあまりにも難易度が高いのだ。

 そのために〈流転〉はあくまで切り替えと起点の技に留まる。単体で敵の攻撃を遮ることは想定されていない。


(最悪だ……!)


 声には出さないが、ライトはそう叫びたかった。

 歯が立たないとまでは言わない。最初に抱いたほぼ同等の実力という感覚も変わらない。


 ただ、どこまでも相性が悪い。


 ウタもまた、同じことを考えていた。

 一撃を防ぎ、すぐさまカウンター技を放ったのは間合いを取るためだけではない。


(手首が痛ぇ)


 ッチ、と舌打ちをひとつこぼす。

 あのまま拳を遮る体勢でいたならば、その重さに耐えられず槍を落としていた可能性がある。

 そうなる前に〈諸刃〉を使い、腕への負担を軽くしようとしたのだが、未だ手首がびりびりとしびれる感覚は抜けなかった。


 十回戦えば、五回は殺せて、五回は死ぬ。

 その認識は新たに書き換えられる。


((十回戦えば、八回は相討ちだ))


 一回はライトがウタの骨を砕いて勝利するだろう。

 一回はウタがライトの肉を突いて勝利するだろう。

 だが、残りの八回は、ライトの拳がウタの骨を砕き、ウタの槍がライトの肉を突き、同時に膝をつくことになるだろう。

 ただ実力が均衡しているならばこうはならない。

 それは、二人がよく似ているのに決定的に違うからこそ生まれる結果だ。


 ──つまりは、二人の勝利に対する信念。


 ライトは「殺したら勝ち」と考え、ウタは「死ななければ勝ち」と考えた。

 ライトは殺すためのの対魔格闘技を極め、ウタは死なないための守護槍を極めた。

 そしてその結果、二人は鏡合わせの存在となった。


 最強ではないかもしれないが、それでもこの喩えが二人に相応しいだろう。

 最強の矛と、最強の盾。

 殺す拳と、守る槍。

 すべてを貫く矛とすべてを通さない盾がぶつかり合えば……それらは両方砕け散る。


 そこに思い至った時、二人は恐怖と歓喜が混ざった、不思議な感覚に襲われた。

 それが所謂武者震いに近いものであると気づく前に、二人は次の攻撃に移ろうとして――


「そこまでです」


 その首元に、ダルクのナイフが突きつけられた。

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