ホンモノ

 男はウタ、少女はダルクと名乗った。


「生まれはトート。十三で村を出てから四年間、魔獣を狩り続けてる」

「わたしは色々ありまして、ここ八年ほど魔獣狩りを専門としております」


 場所は変わらず大通りである。ウタは地べたに座ったまま話を続けた。


「アンタが俺らと同じ馬鹿だってのはわかった。だがな、俺らだって生半可な気持ちで果てを目指してるわけじゃない。同じ馬鹿だからってだけで、同行は許可できねぇよ」

「あなたの気持ちを疑っているわけではないのです。ただ、わたしたちはあなたの実力を知りませんから。互いに足手まといは必要ないでしょう?」

「……うん、その通りだ」


 ダルクの言う通りだった。ライトは足手まといになりたくないし、逆に彼らが足手まといになるのも困る。

 旅は一人より二人、二人より三人の方が楽だ。増えすぎても困るが、ある程度までならば人数が多い方が良い。

 ただしそれは、互いが極端に弱かったり強かったりしない、という前提での話である。

 実力の差が大きければ大きいほど、両者は両者の重荷となる。弱者に合わせれば強者は本来の力を発揮できないし、強者に合わせれば弱者がついていけなくなるのだから。


「俺らが二人で旅をしてるのは、同じ覚悟をした馬鹿がいないからってわけじゃない。馬鹿は少ないだけで、意外といるもんだ。けどな、俺らと似たような実力を持つやつはなかなかいない。同志はそこそこいても仲間が増えないのは、それが理由だ」

「あなたと同じようにわたしたちに声をかけてきた人物は、これまでに三人いました。そのうち二人はわたしたちより弱くて、とてもともに旅ができるような人ではなかった。あの子たちと旅をすれば、人類活動領域の境界にたどり着くことも不可能だったでしょう」

「そんで、もう一人は強すぎた。アイツはそれでも俺らと旅することを望んでくれたが、俺らがそれを赦せなかったんだ」


「だから」と言ってウタが武器を手に立ち上がる。


「俺らは必ず、馬鹿同士で手合わせをすることにしてる。それで互いの力を理解して、こいつなら大丈夫だって思えたら同行するんだ。……納得できないならそれでもいい。ただ、その場合同行の話はナシになる」


 予想できた流れだった。足手まといになるかどうかを確かめるなら、手合わせが手っ取り早いに決まっている。

 得物や状況次第では有利不利も出てくるだろう。集団戦は得意とするが一対一は苦手だという者もいるはずだ。

 だが、それでも手合わせにまったくの意味がないわけではない。相手が本気なのか実力を抑えているのか、あるいは実力が発揮できないのか。それを感じ取ることくらいはできる。

 ライトに異議を唱える理由はなかった。むしろ、ありがたい申し出であるともいえる。


「僕は構わない。ただ……場所はどうするんだい? 町の外だと魔獣の邪魔が入りかねないし、当然だけど町の中で暴れるわけにもいかないだろう」


 そう訊ねたライトに、ウタとダルクは微妙な顔をした。呆れた表情と言い換えることもできるだろう。

 的外れな質問というわけではなかったはずだ。なぜそのような顔になるのかわからず、ライトは首をかしげる。


「えっと、僕、何か変なこと言ったかな?」

「変なこと、というか……もしかして、無意識ですか?」

「……うん?」


 ダルクの言葉の意味がわからず、ライトはもう一度首を傾げた。それを見ていたウタが「ははっ!」と声をあげて笑う。


「ダルク、こいつ、ホンモノだよ。ホンモノの馬鹿だ。自覚がないんだぜ?」

「ホンモノって……まさかあれだけ言っておきながら僕の覚悟を疑ってたのかい?」


 ウタはここまで果てを目指すものを馬鹿と称していたし、ライトのことも馬鹿だとはっきり言っていた。

 だからこそ、ここでホンモノと言われることにライトは納得できなかった。それは言外に、今まではライトの覚悟を疑っていたと言われたようなものだった。

 眉をひそめて不機嫌な様子を隠そうともしないライトに、ウタが「違う違う」と笑いながら返す。


「アンタの覚悟を疑ってたわけじゃねぇよ。ただ、思った以上にアンタが馬鹿で、俺とよく似てるってだけだ」


 その言葉にダルクも「本当に、よく似ています」と呆れた表情のまま頷いた。

 だがライトには意味がわからない。眉間のしわを取ることなく二人を見ていると、大きなため息を吐いたダルクが「ともかく」と言った。


「一般兵のための訓練所があるのでそこを借りましょう。魔獣を倒すのに協力したばかりですから、少しならば場所を貸し出してくれるはずです」

「ま、そういうわけだ。安心しろ、暴れる場所はあるさ……ふっ、ははっ」

「……何がおかしいんだい?」


 ライトがそう尋ねるが、ウタは「気にするなって」と笑いながら返すだけだ。困ってダルクに視線をやるが、彼女も苦笑をもらして首をすくめるだけである。


「まあ、なんだ。手合わせが終わったら、ちゃんと話すさ」


 それ以上は言うつもりがないらしい。「じゃあいくか」とウタは歩き出し、ダルクもそれに続いた。


「……なんだっていうんだ」


 二人の背中に向けられたライトの言葉は、拾われずに夜の町へとけていった。

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