5 夏祭り


 

 夏休み中、拓人は足しげく星草堂に通った。

 学校や図書館で勉強した帰り道に、店内に入るとさっと涼しい風が吹き、冷たい檸檬水をいただく。ほたるや店主とおしゃべりして、本を読ませてもらい、気に入ったものがあったら買って帰る。店が空いているときには課題をさせてもらうこともあった。

「もうすぐお祭りね」

 ポスターを貼り変えながら海月が言った。

 ほたるが顔を上げ、目をキラキラさせて叫ぶ。

「まつり。いきたい!」

「ほたるちゃん」

 その日も勉強中だった拓人が顔を上げて、ほたるの様子を可愛らしく眺めながら微笑む。

 「僕も行きたいな」

 ほたるがとととっ駆けてきて、拓人の手を握る。

「いっしょにいく!」

 拓人は苦笑した。

 (受験勉強は一日くらい息抜きしても、大丈夫。)

  勉強のスケジュールを確認して、頷く。

「うん。いこう」


 洗い物をしながら、海月がニコニコと聞いていた。


「ほたる。浴衣、着たい?」

 その夜、夕飯を食べながら海月はほたるに尋ねた。ほたるはご飯を咀嚼しながら首を傾げる。食事は猫らしく、主に肉食の小食だがわりと何でも食べる。琥珀はもっと偏食だそうだから、性格があるのだろう。

「ゆかた?」

「ほら、桜姫さんとかが来ているような、着物の夏バージョンだよ」

 思い当たったように、ほたるの顔がぱあっと輝く。

「きたい!」

「じゃあ、見にいこっか。拓人くんにはまだ内緒ね?」

「うん!」

 ほたるの無邪気な満面の笑みに、自分もうれしくなる海月だった。


  ※


 夏祭り当日。拓人は約束の夕方少し前に、星草堂を訪れた。

「わあ、ほたるちゃん!」

 ほたるが白地に金魚や朝顔をあしらった、古風な柄の浴衣を着ていた。

 頭に付けた赤い大きなリボンがとても可愛らしくて、拓人は自分も和装をするべきだったかと少し後悔した。こんな可愛い子と祭りに行けるとか、自分はなんて幸せなんだろうと思った。

「変じゃない?」

「似合ってて、可愛いよ」

 上目づかいで尋ねるほたるが可愛くて、前髪をぽんぽんと撫ぜた。

 いつもつけている猫耳がぴくりと動く。精巧な作りものだな、と拓人は考えた。

「行こうか」

「うんっ」

「いってらっしゃい。私もすぐに行くわ」

「いってきます!」

 二人は顔を見合わせると、海月に見送られながら星草堂を出ていった。まだあたりは明るい。開店したばかりの出店を冷やかしながら、ゆっくりと目当ての広場をめざす。祭りの舞台の一つで、桐野のミニライブがあるのだ。海月もライブに間に合うように来ると言っていた。

 大きな広場で、他のアーティストが歌ったり演じたりしている。そして、“キリノアオト”のステージが始まった。

 桐野は和装で現れた。今までとは桁違いの歓声が上がる。

 ギターをかまえ、演奏し、歌い始めた。

 舞台が桐野の色に染まる。拓人は感激で泣きそうになりながら手拍子で応援した。

 これからはじまるよさこい踊りを盛り上げるような選曲で、桐野は数曲を歌い上げた。間にMCを挟み、聴衆の心をつかむ。最後に熱烈なラブソングを歌い、舞台袖に去っていった。最高に格好いい舞台だった。

  拓人は興奮のあまりにじんだ涙を拭って隠した。

  ほたるは無邪気ににこにこと笑う。

「アオト、かっこいいね」

「そうだね」

 ふう、と気迫をこぼすようにため息を吐く。拓人はこぶしを握り締めた。

「本当に、僕のあこがれだよ。僕もがんばろう!」

 沸き立つ興奮を、闘志に変えて、将来へ向かって努力する。拓人は受験勉強に疲れていた自分を奮い立たせた。そんな拓人をほたるはにこにこと見守る。

「がんばってね」

「ありがとう」

 拓人は笑顔でほたるに向き直った。

「さ。夜店に行こうか」

「うん!」

 二人は手をつなぎ、すでに混み始めた人込みの中に入っていった。


  ※


 営業終了の看板を掲げた星草堂で、桐野は息をついた。

「素敵なステージでした」

 檸檬水を注ぎながら、海月が微笑む。本日星草堂が午後から臨時休業なのは、桐野のステージを見るためだった。個人営業ゆえのわがまま休店日である。たまには許してほしい。

 冷房のきいた店内で、座りなれたソファに座って桐野は笑った。

「楽しかったよ」

「本当に。楽しそうでしたよ。私も楽しかったです」

「また歌いたいな」

 遠い目をして、楽しそうに桐野は語る。

 海月も笑顔で頷いた。

「そうですね。ぐっと小規模になりますが、うちでのイベントもよろしくお願いいたします」

「もちろん。合奏、楽しみにしてるよ」

 海月はピアノにちらりと目を遣る。

「うー。練習します」

 ははは、と声を立てて桐野は笑った。

 外は、緩やかに夜になっていく。

 

 いつもと違う街の様子に、海月は嬉しそうにそわそわと道を眺めた。

「お祭り、ですねえ」

「そうだね」

 桐野がふふっと笑うと、ちゃっかりと準備していたお面を頭にかぶる。いい感じに顔を隠した。

「一緒に行きませんか。お祭り」

 海月は、きょとんと振り返った。桐野のお面に驚く。

(……お祭り。一緒に?)

 ふと想像した。二人でのぞく夜店は、楽しそうで。

「……いいんですか?」

「貴女がお嫌でなければ、ぜひ」

 桐野がおどけて手を差し出した。

 ぱあっと、海月の表情が輝く。

「行きたいです!」

 海月は嬉しそうに笑った。自分の格好を見下ろして、上目遣いに桐野に尋ねる。

「……少しだけ、待ってくださいますか?」

「うん」

 檸檬水を傾けながら、桐野は笑う。

「ゆっくり、どうぞ」

 海月は大急ぎで母屋に駆け上がると、エプロンを外し、壁に掛けた浴衣をにらんだ。

(どうしよう、一人で着れるかしら)

 ほたるの浴衣を買う際に、勧められて海月の分も実は購入していた。今日くらい接客中に来てもいいかなとも思っていたのだが、なんとなく気恥ずかしくて着るのをやめていた。

 だが、祭りに行くとなれば別だ。ましてやあの和装の桐野と歩くのだ。中途半端なおしゃれでは浮いてしまう。

(ええいっ!)

 海月は、浴衣をかけたハンガーに手をかけた。


  ※


 ふもとの街からは祭りのざわめきや灯りが聞こえてくる。

 桜姫の宮殿の一角、神社の境内、白砂を敷き詰めた先にある舞台で、桜姫は扇をかまえた。藤姫が袴姿で傍らに控え、つづみを担ぐ。

 お盆のころは、あやかしの世界と人の世界が近くなる。二つの世界をつなぐ扉が開く季節。

 ましてや祭りの夜には、様々なものが引き寄せられてあたりを彷徨うのだ。

 桜姫はひとつ、呼吸をした。

(良き魂が家族のもとにたどり着けるように、悪しきものが異界から漏れ出さぬように。)

 細心の注意を払って、結界を張る。

 最後のひとかけらの日が、沈む。黄昏時がはじまる。

 桜姫は、集中のために閉ざしていた眼を開けた。

「では、藤。ゆるりと始めよう」

「はい」

 藤姫は息を吸い、つづみを一つ、打った。

 桜姫は扇を持ち、舞い始めた。


  ※


 琥珀は、目を見開いた。

 いつも少女と語り合う木の洞のまわりの草原は茶色く染まり、土砂崩れのような岩でふさがれる。

 緑の髪の少女が、苦しげに顔をゆがめた。

 ―――た・す・け・て。

 唇が動く。声は聞こえない。

「え?」


 驚きに琥珀が立ち上がったとき、目の前にいた少女が微笑んだ。

「どうしたの?」

「え……」

 こちらのみらいは、触れることができる。声も聞こえる。ではあれは夢なのか。

(何だったんだ……)

 琥珀は首を傾げた。

「おまつり、はじまったかな」

 みらいは嬉しそうに、遠くの街の方を眺めた。

「そろそろ、アオトが歌ったはずだよ」

「そっか。聞きたかったな」

「いつか、一緒に聞きに行こう」

「うん」

 みらいが嬉しそうに笑う。

 先ほどの幻聴が気になりながらも、琥珀は目の前で微笑むみらいに意識を集中した。


  ※


 ほたるは浴衣の裾を蹴散らかす勢いで祭りを楽しんでいた。

「つぎは、あれ!」

「ヨーヨーすくいだね」

 真剣なまなざしで、ほたるはお気に入りの金魚がらのヨーヨーを狙う。だがこよりを素早く動かしすぎて、すぐに切れてしまった。

「うにゃあ……」

 悔しそうにほたるがつぶやく。

「今度は僕がやってみるよ」

 次は拓人が挑戦した。

 慎重に、狙っていたヨーヨーを釣り上げる。

「やった!」

「タクト、すごい!」

 お店のおじさんがおまけしてほたるのぶんもくれたので、二人でヨーヨーを持って夜店をひやかしていく。

「たぴおか、ジュース?」

「今流行ってるでしょ。飲む?」

 ほたるは首を傾げる。

 拓人が並んで購入した。

 「はい。飲んでみて」

 ほたるは珍しそうに、少し飲む。

 そしてにっこり笑った。

「うん。拓人にあげる」

「あ、もういいの?」

「うん。あまかった」

 無邪気にほたるは笑う。渡されたストローを眺めて、拓人はしばし硬直していた。

(このまま、飲んでもいいのだろうか。これはいわゆる間接……)

 ほたるはどうみても気にしていない。拓人の中の問題だ。つまり、だから。

(えいっ)

 勇気を出して、飲んだ。すごくどきどきした。味はよく覚えていない。ただただ甘かった。

 ほたるはもう、つぎの店の前に立っている。

「ね、タクト、このくびかざりかわいい」

 翡翠色の、天然石の首飾りだ。ほたるの白猫の目の色と、よく似ていた。そういえばほたるも緑がかった瞳をしている。

「でもおこづかい……。わたあめ、たべなければよかった」

 ほたるは、財布をのぞきこんでしょんぼりと言った。海月に渡されたお小遣いはあと100円玉が2枚しかない。さっき顔中をべたべたにしながら消えていったわたあめを思い出して、ほたるはしょぼんとうなだれた。

「僕が!」

 拓人は勢い込んで言った。

「僕が、プレゼントするよ」

「いいの?」

「うん。お小遣い、まだあるし」

 夜店のアクセサリーだ。信憑性はないがそう高額でもなかった。

 すぐにつけるといって値札を切ってもらった首飾りを、そっとほたるの胸元に着ける。

「……似合ってる」

「ありがとう、タクト」

 ほたるが嬉しそうにはにかんだ。


「ねえ、タクト。おばけやしきがあるよ。200円で体験できるよ」

 今流行りのVR体験式のお化け屋敷が出店していた。ほたるは興味深そうにのぞく。不思議なメガネを装着した人たちが、椅子に座って、突然うわあ、とさけんだりしていておもしろそうだった。

「あ、ごめん僕おばけは苦手なんだ」

 拓人は苦笑して首を振る。

「ふうん」

(おばけが、にがて)

 首をかしげる。

(じゃあ、あやかしは……?)

 ほたるは少し、気になった。


  ※


「すごい人ですね」

「そうだね」

 人込みを見て、桐野が振り返った。

 すっと手を差し出す。

「お手をどうぞ。はぐれちゃいそうだから」

 目を丸くして、それから海月はとても恥ずかしくなったが、確かに迷子になりそうで。

「よろしく、おねがいします」 

 浴衣姿で、海月は、頷いた。

(どうしよう、どきどきする。)

 重ねた右手が熱い。年甲斐もなく着た浴衣が気になって仕方がない。

(やっぱり、洋服にしておけばよかった。もう、アラフォーなのに)

 浴衣を着て、鏡を見て。イメージと違う自分にショックを受けた。試着の段階では悪くなかったのに。きらきらした桐野の隣に立つには、自分の存在が貧相すぎてうつむきたくなる。

 二十代のころとは、肌の張りだって違うのだ。ゆるやかに若さを失って、でもまだ年相応の品格なんかも身につけられていなくて。自分の見た目の変遷に、歳を重ねるということに、改めて向き合ってしまい、灼けつくような恥ずかしさを感じていた。年甲斐もなくはしゃぎすぎた。

 と、桐野が振り返って、まぶしそうに微笑んだ。

「星村さん」

「はい?」

「浴衣、素敵です。貴女らしくて、よく似合ってます」

「そんな……」

 ぎゅっと、握られた右手に力がこもった。

 桐野の目がまっすぐに海月を射る。

「きれいですよ」

 そのまなざしに。そして祭りの雰囲気に解かされるように、自虐する心をひとまずしまって、海月は桐野の言葉を信じてみることにした。はにかんだように微笑む。

「ありがとうございます」

「何から食べますか?」

「まず、食べるんですか」

 海月は目を丸くする。桐野は胸を張った。

「夜店と言ったらいろいろ、うまいものがありますからね!」

 食欲にまっすぐな桐野にふふふ、と海月は笑った。


「金魚すくいは猫がいるからダメですね」

「うん、昔、うっかり持って帰って琥珀を隔離するのが大変だったことがあるよ」

「琥珀くんでもやっぱりダメなんですか?」

「猫の性がさわぐんだってさ」

「じゃあ本能に正直なほたるだともっとダメですね」

「うん、止めといた方がいいと思うよ」

「じゃあ、あれ。ボールすくいにします」

 海月ははりきって店主に代金を支払った。だがすくおうとするがするすると逃げられる。すぐに、ポイの和紙に穴が開いてしまう。

「あ。やだもうやぶれちゃった」

「かして?」

 桐野がポイを受け取った。ほんの少し残った紙で、宝石のようなジェル状の球をひょいひょいとすくう。手品のような腕さばきに、海月は思わず拍手した。

「すごーい!」

 店主から水に入れた袋に入った戦利品を受け取る。桐野は海月に笑顔で手渡した。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

 虹色のボールがいくつも入った袋を下げて、二人はまつりを楽しんだ。

 次に目に入った牛串屋で、カルビ串を買った。

 おいしそうなビールも売っていて、二人は目を合わせて、微笑む。

「飲んじゃう?」

「飲んじゃいますか」

「よし、飲んじゃいましょう」

「乾杯!」

 二人は喉を鳴らしてビールを飲む。

 遊んで、食べて、飲むビールは最高においしかった。 

 その後もさんざん遊んで、海月と桐野はたくさん笑った。

 思った以上に楽しくて、すっかり二人ともはしゃいでしまった。

 食べて飲んで、落ち着いて。

「あー、あついですね」

 海月はぱたぱたと手であおぐ。

「あのあたりで、少し休む?」

「はい」

 喧騒を外れ、石造りのベンチに腰掛けた。

 踊りの音頭が遠くに聞こえる。

 海月はようやく、ほう、と息をついた。

 夜の静かさに少しだけ我に返る。桐野に改めて微笑んで言った。

「今夜はお誘いいただいて、ありがとうございます」

「こちらこそ」

「こんなに、楽しんだのいつぶりかしら。すごく楽しかったです」

 桐野は笑って頷いた。

「僕も、楽しかったよ」

 うーんと伸びをして、海月は夜空を見上げた。

「……私ね。三十歳すぎて、子どももいなくて。もうお祭りなんて来ることないかなって思ってたんですけどね。今日は来れてよかったです。こんなに楽しい気分をまた味わえて、幸せです」

「……来年も」

 桐野が、海月を見つめて言った。

「来年も、また来ましょう」

「はい」

 にっこりと、海月が頷いた。


 桐野が時計を見る。

「そろそろ、だな」

 広場でアナウンスが入っているのが遠くから聞こえた。

 花火の時間が始まる。 

 海月と桐野は、空を見上げた。

 音を立てて、今年最初の花火が開いた。

 夜空にいっぱいに広がる満面の花。体に響く、花火の音。

 上がっては消えてく、夏の風流。

 

「わあ……。きれいですねぇ」

 お酒も入って、さんざん祭りで楽しんで心地よく疲れて。見上げる花火は美しくて。海月はしばらく魅入っていた。隣に桐野がいることも忘れて、花火を見上げる。夏だ。

  桐野はしばらく、花火に照らされる海月を眺めていた。

「ごめん、酔った。しばらく、休ませて?」

 ふいに耳元で声が聞こえて、海月はとびあがって驚いた。

「っ、どうぞ?」

 そのまま、桐野が海月の足に頭を乗せる。

「っ!!」

 海月は息を呑んで固まった。

(ひ、膝枕!?)

「あー、よく見える」

 膝の上で、無邪気に桐野が笑う。

 距離の近さに緊張して、海月は慌てて花火を見上げた。

 赤くなった顔も動揺した表情も、隠したくて上を見上げた。

(平常心、平常心。これは、普通なんだ!)

 深呼吸。

 (ええと、ええと、そう、オトウトみたいなものなんだ)

 自分に言い聞かせる。

 花火に少し心を奪われているうちに、本当にそういう気分になってきた。

「……弟がいたらこんな感じだったのかしら」

 ぽつりともれたつぶやきに、桐野が海月を見遣る。

「海月さん、兄弟は?」

「いないんです。ほたるちゃんくらい。桐野さんは?」

「僕も、琥珀だけかな。両親も早くに亡くしてね」

「ああ……。琥珀君から少しだけお聞きしました」

「そう? まあ、ばあちゃんとじいちゃんがいたからね。別に、そこまで荒れたわけじゃないんだけどね」

 花火がまた、あがる。

「でもまあ、祭りではしゃぐのは本当にひさしぶりかな」

 膝の上の猫を撫ぜるように、思わず桐野の頭を撫ぜかけて、海月ははっと我に返った。

(今、私はなんてことを)

 ドキドキしている心臓の音が桐野に聞こえないように、海月は祈った。

 

  ※ 


 広場でかき氷を食べながら、ほたると拓人は花火を見上げた。たくさんの人が周りで同じように見上げている。

「ね、タクト、きれいだよ。おおきいよ」

「そうだね」

 大きな花火が続けざまにあがり、花火が咲く音が響く。

「おとが、うるさい」

「はは。打たれてるみたいだね」

 拓人がなだめるように肩をぽんぽんと叩く。。

 ほたるは、食い入るように空を見上げていた。

「……でも。きれい」

 そういって、花火を見上げて微笑むほたるの横顔がとてもきれいで、拓人はそっとほたるの手を握った。

 ほたるは不思議そうにちらりと手を見たが、そのままつないだままで花火を見上げる。

 拓人は、受験勉強を建前に封印していた想いがあふれ出すのを感じた。

 

 ―――この子が、好きだ。


 抑えられないくらい、強い思い。

 だけど、拓人にはこれから始まる人生があって。

 ずっと今のままではいられないから、少し悩んだ。


「ほたるちゃんはね」

 花火を見上げながら、拓人はつぶやいた。

「これから、どうするの?」

「にゃ?」

 ほたるは首を傾げる。

 拓人はきゅっと手を握った。

 

「僕はさ。東京に、行きたいんだ」

「……とうきょう」

「うん。行きたい大学があって」


 ほたるはぼんやりと想像して、目を丸くした。


「タクト、いなくなっちゃう?」

「うん。行けたらね」


 うーん、と想像して。海月と二人、星草堂ですごしている姿しか見えなくて。ほたるは告げた。

「ほたる、待ってるよ?」

 拓人はそういう答えが返ってくるとわかっていたのに、少しだけ残念な気持ちが抑えられずに苦笑した。

「うん。そっか」

 ダメもとで聞いてみる。

「……きみは、東京に、来ない?」

 考えてもみなかった提案に、ほたるは目を見開いた。

「……ほたるは、うづきのおうちのこだから」

「そっか」

 はぐらかすように答える。

 ここで、正体を言う勇気はなかった。

 『おばけやしきは、苦手なんだ』

 拓人の先ほどの発言が思い出される。

  ほたるはぎゅっと、つないでいない方の手を握った。

 「出ることはないんだ?」

  残念そうに拓人が言うが、ほたるには答えられなかった。

 「……ほたるは、『ふしぎのくにの子』だから」

 ふふ、と笑って煙に巻いてみる。

「なんだ、それ」

 ふふ、と拓人も笑い、ふたりで笑った。


  ※


 遠く離れた場所でも、花火の気配は届いて見えた。

 紅葉の木のふもとで、みらいと琥珀はふたりで、小さく見える花火を眺める。

 小さく咲く、花。少し遅れて、音が届く。


「みらいは、ここからはなれられないの?」

「いまはね。巫女姫に就任して、まだ短いから。安定するまでは離れられないよ」

「……いつか」

 琥珀は、強い意志を込めてみらいをみつめた。

「いつか、いっしょに近くで見ようよ」

「いつか、ね」

 みらいは頷く。

「それまでずっと、僕はみらいのそばにいるから」

「ありがとう、琥珀」

 みらいは嬉しそうに微笑んだ。髪の緑の色が濃くなって、さらさらと揺れる。


 黒い影が、岩陰からそれを見ていた。

 禍々しい気配が、その影からはにじみ出ていた。



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