第13話
僕は堤防を渡りきり、その先にあった森へと足を進めた。森の木々は最初に狭く低く僕を迎え入れ、それからしばらくして心地良く縦に拡がっていった。自分のなかの時間と思いをその森に預け、僕はただ気の向くままに進んでいった。県道はそこから遠く無い場所に走っているはずだが、それが森に影響を与えている様には思えなかった。森はそこで豊かに拡がっており、僕はその場所を安らかに迷い漂っていた。
暗くなり始めた頃、一軒の小屋を見つけた。何処か見覚えのある小屋・・・薪の積み上げられた裏から表に回り、木製のドアをしばらく見つめてからノックをする。
小屋の中からごとり、コツ、コツと正確に響く音が聞こえ、ドアがゆっくり内側に開く。顎鬚を生やし頭にバンダナを巻いた男が不思議そうに僕を見下ろし・・・それから、顔を明らめて言った。
「よく来たな、まあ上がれよ。」
僕は小屋に入ると後ろ手にドアを閉じ、男が座れと示した椅子に腰を下ろす。
僕は何故か見覚えのあるその小屋を見回している。生活感のさほどない片付けられた部屋。天井は重く組まれた丸太が剥き出しになっており、その空間は必要なものだけを置かれ区切られたように見える。
「前にも言ったけどよ、いつも居るわけじゃ無いからもてなすものは何も無いぜ。」
男はコーヒーの入ったコップをことりと机に置く。
「それでも暖かいコーヒーぐらいはある。」
と僕が言う。
「まあ、そう言うこった。」
男は声を上げて笑うとマグカップを両手で握り直す。
「それで?見付かったかい、おまえさんの探してた『核なる自分』ってやつは?」
「核なる自分?」
「俺がそう呼んだんだよ。とにかくおまえさんの失った自分ってやつさ。」
「見付かった、と思います。」
「前よか顔色もいいもんな、良かったじゃねえか」
「でも、まだ先があるんですよ。」
「いつだって先はあるさ、」
「問題はそれに向かって歩くか歩かないかなんですよね。」
「わかってるじゃねえか」
男は机の煙草を一本抜くと火をつける、黄金色でマルボロと入ったやつだった。
「それで・・・どうするんだ?」
「先に、進みたいとは思います。」
「進めるのか?」
「わかりません」
木で出来た空間が不意にしんと静まり返る。僕とその男が考えを巡らせている。それぞれの言葉に出来ない思いが同調して、その静けさを象った。
「やるべきことは本能的に見えてるんだよな、それがつらいとこさ。」
男は煙草のけむりを吹き上げる。
「どうする?泊まっていくか?」
ほんの少し、僕は考える間を取ると決まっていた答えを出す。
「いえ、帰ります」
男は「そうか、」と言った後で「飯ぐらい食って行けよ」とパンとシチューだけの食事を作ってくれた。その小屋で言葉少なく食した夕食は簡素で身体に染みた。何かの儀式のようにすら思えた。「送っていくよ」と男は駅まで車に乗せてくれた。
「いいか、」
最後に男は言った。
「そこに独りで辿り着かなくちゃいけないって決まりは無いんだ。人と歩んで、そして見付かる道だってある。むしろそうやって見付かる道が近道になる、そうは思わないか?」
「汝、己の為に歩む勿れ。ってことですか?」
「理論上はな、」
そう男は大声で笑った。
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