第31話 タクミの冒険の終わり
ブルムゾーンはスリートの足もとにむりやり体をわりこませました。
ふみつぶされたブルムゾーンの口から、空気がおしだされる『きゅう』という音が聞こえてきました。
体がはげしくゆさぶられ、タクミはふり落とされそうになってしまいました。
でも、タクミはぜったいに落とされるわけにはいきません。なにしろ、酸素ボンベは2つともシーリンにわたしてしまっているからです。
クリスがハシムをとおしてわたしてくれた2つはタクミとシーリンの分ではなく、タクミとナミの2人分なのです。
なにしろ、クリスはシーリンのことを知りません。スリートとの戦いで意識をうしなっていた彼が知っているはずがないのです。
だからタクミは自分の分をシーリンにわたしたのです。
「シーリン、だいじょうぶか!?」
「私は平気だけど、これじゃナミに近づけない!」
悲鳴みたいな声が聞こえてきます。でも、必死にブルムゾーンの首につかまっているタクミには、彼女やナミがどうなっているのかまるで見えないのです。
「ブルムゾーン! あいつをどうにかしてよけさせないと!」
『わかってる! タクミ、ふりおとされないでよ!』
「うん!」
いっしゅんブルムゾーンの首がしずみました。
そして、いきおいをつけてふりあげた首でスリートの体を押しあげたのです。
片足で立っている形になっていたスリートがバランスをくずしました。
『うおおっ!』
大きな黒い体は小惑星の弱い重力のなかで1回転してしまいました。
とてもかたい竜の体がタクミの顔のすぐそばを通りすぎました。ほおにいたみを感じました。どうやらうろこで切れてしまったようです。
でも、顔の傷なんて気にしているヒマはありません。スリートの体はブルムゾーンにもぶつかっていて、白い竜もふきとばされていたからです。
岩の柱にぶつかりました。
ブルムゾーンと岩の間にはさまれておなかと背中の両方がはげしくいたみます。
でも、タクミはすぐに解放されました。ぶつかったいきおいで岩の柱がこわれてしまったからです。
『タクミ、生きてる?』
「なんとか……」
『じゃあちゃんとつかまってて! スリートがくる!』
翼をはばたかせて黒い竜は自分の回転を止めたようです。
そして、スリートはブラックホールみたいな目でブルムゾーンをにらみました。
力強い羽ばたきは、真空の宇宙に風をおこします。
こちらにつっこんでくるつもりなのです。
でも、タクミはスリートのことなんて気にしてはいられませんでした。
「ナミーっ!」
なぜなら、羽ばたきのせいで妹の体が浮きあがっていたからです。
シーリンがジャンプしました。
思いきり岩の地面をけったのです。
こがらなナミの体に、シーリンの体がぶつかります。
酸素ボンベのペンを取り出して、シーリンはナミの口に押しつけました。
あれで息はどうにかなったはずです。でも、ものすごい勢いで飛びだす形になってしまったシーリンとナミの体は、小惑星の弱い重力をふりきってしまいます。
「ブルムゾーン、ナミとシーリンが飛ばされちゃった! 助けにいかなきゃ!」
あわてたタクミがさけびますが、追いかけることはできませんでした。
『お前たちを逃がすとでも思うのか?』
突っ込んできたスリートの腕がブルムゾーンをつかまえました。爪をブルムゾーンの体に食い込ませて、別の柱に向かってつっこんでいきます。
また、タクミはブルムゾーンと岩の間にはさみこまれてしまいました。
ブルムゾーンだって、なんどもぶつけられてしまっては平気なはずがありません。
岩が砕けて、ブルムゾーンの首からぶら下がったままで、タクミはものすごい勢いで飛んでいくナミとシーリンを見ているしかできません。
(……あれ?)
ですが、2人が飛んでいく先から、別のなにかが飛んでくるのが見えました。
(あれは……)
目がかすんでうまく見えません。でも、飛んできたもの……いえ、飛んできたものたちの1つが、ナミたちの前にすばやく移動したように見えます。
「……ドラグーンだ」
それらの色が青であることをなんとか理解して、タクミはつぶやきました。
1人ではありません。穴のところにいた3人だけでもありません。たくさんのドラグーンたちがととのった動きでスリートへ近づいてくるのです。
『リンドブルムの子か!』
あらたな敵があらわれたことを知って、スリートがさけびます。
スリートはブルムゾーンに食い込ませていた爪を引きぬいて、下がりはじめました
でも、ドラグーンたちは大きな黒い竜をのがさず、かこんでいきます。
ナミとシーリンをかかえたドラグーンだけは、戦いにくわわらずにタクミとブルムゾーンへ近づいてきました。
ブルムゾーンの首にしっかりとつかまって、タクミはドラグーンをじっと見ます。
「クリス! パッセージ!」
包帯だらけの男が青い竜の背中に乗っていました。
「どうやら間に合ったみたいだな、タクミ。それにブルムゾーン」
重傷であるにもかかわらず、クリスの笑顔はとても力強く見えました。
「ありがとう、クリス! ナミとシーリンを助けてくれて……でも、よく間に合ったね。ハシムは時間がかかりそうなこと言ってたのに」
「間に合わせるために裏技を使ったのさ」
「裏技って?」
「子どもたちのために、重傷のエースが出撃するって裏技さ。ルールからは外れてるが、たいていの人は同情してくれる。人は感動できる話に弱いからな」
クリスが肩をすくめます。
タクミにはよくわからない理屈でした。でも、感動できる話に弱いというのは、なんとなくわかるような気がします。
「……それって、やっていいことなの?」
「よくないから裏技なんだよ。偉い人にはめちゃくちゃおこられる。たぶんおこられるだけですむけどな。……タクミはマネするなよ、こういうやり方」
まるで楽しい冗談のようにクリスは話しています。
でも、怒られるのがわかっていて、傷だらけで飛んでくるなんて、冗談でできることのはずがありません。
「本当にありがとう、クリス……」
「気にするな。俺は最強のドラグーンだから、このくらい当たり前にできるんだ」
クリスはただ、笑っていました。
その笑顔を見て、タクミの目からは涙が出てきてしまいました。
「さ、あの黒い竜のことは俺たちに任せてお前たちは帰るんだ。ブルムゾーン、この2人を乗せて飛べるか?」
『だいじょうぶ……』
ちょっと苦しそうな声でしたが、ブルムゾーンは答えます。
ナミとシーリンをクリスから受け取って、背中に乗せました。
「街で待っていてくれ。あいつを片付けたら、これからの話をしよう」
クリスはブルムゾーンにいいました。
「ただ、今のうちにこれだけ言っておく。俺たちドラグーンは、自分で戦う力がない弱いものを守るためにいる。人間でも、人間以外でも」
彼の言葉は、ブルムゾーンを守るつもりがあるという意味なのだと、タクミには聞こえました。
「そうは考えない人間もたぶんいる。だけど、俺たちは考えがちがう人間がいてもあきらめたりしない」
『…………』
ブルムゾーンはなにも答えませんでした。
「ずっと昔、あきらめなかった人たちがいたから、俺たちはリンドブルムといっしょに宇宙に出られたんだ。だから俺たちも守るべき相手を守ることをあきらめない」
白い竜は大きくうなづきます。
そして、タクミと、シーリンと、ナミを乗せて、ブルムゾーンはプロキシマ・ケンタウリの街へと降りていきました。
スリートとドラグーンの戦いはまだ続いています。でも、タクミとブルムゾーンの戦いは、ひと足早く終わったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます