第26話 つれさられたナミ
「キャアアアアーッ!」
ナミが悲鳴をあげたのでタクミはとっさに立ち上がりました。
天井にヒビが入っています。
「タクミ、フランツをお願い!」
シーリンが叫んだので、タクミは意識がないままのフランツをかかえて廊下のはしまで引きずっていきました。
シーリンはナミをかかえて逆がわに逃げています。
天井の建材が落ちてきました。
そして、黒い巨大ななにかが飛び込んできます。
建物が大きくゆれます。
落ちてきたのがなにかをたしかめるよゆうもなく、タクミはただフランツを引っぱり続けました。
たしかめることができたのは、建物のゆれがおさまってからでした。
「……竜?」
巨大な黒い影は、竜の姿をしていました。
ブルムゾーンはもちろん、クリスやハシムが乗っていた青い竜よりもさらに大きな竜なのです。
「こいつも……ブルムゾーンをさがしにきたのか?」
タクミはつぶやきました。
竜が足元にいる自分のことを気にしているとは、もちろん考えていませんでした。
でも、竜の黒い顔がいきなりせまってきました。
『今、ブルムゾーンの名を言ったか?』
黒い竜の大きくて、やっぱりブラックホールみたいな目がこちらを見ています。
体がふるえるだけでなく、歯がガチガチと音を立てます。フランツの腕をつかんだ腕に力が入り、少年がうめきました。
答えることもできず、タクミはただはげしく首を左右にふりました。
『役に立たんな。あちらに聞くか』
竜は首をもちあげ、今度はナミとシーリンのほうを向こうとしています。
「ま……待て!」
それを見て、タクミは竜をよびました。
竜がふたたび少年を見下ろします。
ひっしで頭をはたらかせながら、タクミは次にいうことを考えました。
「ブルムゾーンをさがしてるんだよな、お前? でも、教えたからって俺になんの得があるんだ?」
『くだらんな。ここで死なずにすむだけでも得ではないか?』
「そう言わずに……俺の知りたいことも教えてくれよ。ファーブニルは、どうしてそんなにブルムゾーンをねらうんだ?」
竜が目をほそめました。
「そんなに、リンドブルムのことがきらいなのか?」
『ファーブニルの名まで知っているとはな。だが、かんちがいをしているようだ』
黒い竜が言いました。
『ただきらいなだけここまでやるわけがないだろう。小さな生きものが考えそうなことだ』
竜の口から『がふ、がふ……』という音がもれました。竜が笑っているのです。
「なら、なんでさ?」
『言う必要はない。さあ、死にたくなければはやくブルムゾーンの居場所をいえ。いつまでもざれ言を聞くほどこのスリートはヒマではないぞ』
竜がタクミに顔を近づけてきます。
大きく口を開きました。
ナイフみたいな牙がはえた口でした。
でも、その牙がタクミを傷つけることはありませんでした。
窓を吹き飛ばしながら飛び込んできた青い影が、横合いから竜へ突進したのです。
「ハシム! 援護しろ!」
クリスとパッセージが助けに来てくれたのです。
窓の外にはもう1人のドラグーン、ハシムもいるようです。
「よかった、間に合った!」
話をしていたら、きっとクリスかブルムゾーンが来てくれるとタクミは思っていたのです。
「くそっ! 今回は小さいのが相手だって聞いてたのに、なんだよこのでかいのは! 普通の竜の倍はあるぞ!」
クリスの叫びが聞こえました。
エースだというクリスがそう言うなら、きっとスリートはファーブニルの子どものなかでも特別なのでしょう。
でも、ドラグーンの戦いをゆっくり見ていることはできません。
(今のうちにフランツをはこばなきゃ!)
ふたたび金髪の少年のわきに手をさしいれ、大きな体をひっぱります。
クラス1……いえ、学年でも1番か2番くらい大きなフランツの体はなかなか動いてくれません。
でも、いそいで助けなくては、血が流れすぎて死んでしまいます。
竜とクリスの戦いで、建物は今にもくずれそうなほどゆれていました。
そのなかで、タクミはどうにか階段のところまでフランツをはこびました。
(……ナミとシーリンは?)
2人のことを思い出して、タクミは振り向きました。
そして、床が割れてしまって竜の足元に取り残されている2人を見つけました。
「ナミ! シーリン!」
「兄さん、助けて!」
叫ぶナミの声が聞こえました。
シーリンは踏みつけられそうになりながらひっしに自分とナミの体を壁に押しつけています。
フランツと、2人を、タクミは交互に見ました。
「……ちょっと待っててくれよ、フランツ!」
金髪の少年をうつ伏せに寝かせてから、タクミは踏みつぶされないように近づいていきます。
クリスと竜の戦いは続いています。
天井はもうとっくになくなっていました。
サーカスみたいに黒い竜のまわりをとびながら、クリスは先端がフックみたいになった長い金属の棒を振り回しています。
すこしはなれた位置で飛びながら、ハシムは銃をかまえています。
時おり竜の爪やしっぽがクリスに当たりそうになりますが、そんなときはハシムが撃って援護しているようです。
「俺ならいいけど子どもには当てるなよ!」
「失礼なことをいうな。お前にも当てはしない」
そんな声を聞きながら、タクミはナミたちに近づきました。
「こっちに、手を伸ばして!」
窓わくのざんがいをつかみ、タクミは床の裂け目の向こうにいる2人へと思いきり体に力を入れて手を伸ばします。
「ナミを先に!」
「わかった!」
シーリンと片手をつないだまま、ナミは手をタクミのほうにのばしてきます。
(あとすこし……もうちょっと……)
妹のほうに、タクミも手をのばします。
そして、タクミの手がナミの手にふれました。
腕に力をこめて体を押しだし、タクミはナミの手をつかみました。
そのときのことです。
『ちょこまかと……じゃまをするな!』
竜が叫びました。
おもいきり体をふりまわし、パッセージの体に太いしっぽをたたきつけました。
「あっ!」
建物がゆれて、タクミはつんのめってしまいました。
それでもナミの手ははなしません。でも、窓わくから手がはなれてしまいました。
シーリンの手がいきおいに負けてナミからはなれます。
タクミは床の裂け目のはしをひっしでつかみ、なんとかナミといっしょに落ちるのはさけられました。
でも、もう体の半分以上が落ちてしまっています。なかなかナミと自分の体を持ち上げることはできません。
そして、クリスもパッセージから落ちてしまっていました。
「ただでやられるかよ!」
でも、さすがはドラグーンです。クリスはとっさにパッセージを蹴ってスリートに近づきました。
空中で銃を抜いた彼は、黒い竜の口のなかをねらって撃ってみせたのです。
『ぐああああーっ!』
竜とクリスは下の階に落ちていきます。
いきおいよく叩きつけられたクリスが動かなくなります。
タクミとナミも、このままでは落ちてしまうかと思われました。
それを止めたのは黒い竜でした。
でも、もちろん助けるためではありません。
『この人間はあずかっていく! 仲間を返してほしければ、ブルムゾーンをさしだせ!』
そう叫んで、スリートは飛び去っていきました。
タクミももう限界でした。
手が床の裂け目からはなれます。
しかし、落下するタクミの手を白い竜がくわえてとめてくれました。
「ブルムゾーン……」
『ごめん、おそくなって』
「気にしないで……それより、どこかに逃げよう。ここにいたらつかまっちゃうよ」
よわよわしい声で言ったタクミに、ブルムゾーンがうなづきます。
『……うん』
ブルムゾーンが飛ぼうとしました。
「待って。私もつれてって」
シーリンが言います。
「ダメだよ、ブルムゾーン。はやく行こう」
タクミは白い竜をせかします。
ですが、飛びたとうとしたブルムゾーンの足に、シーリンがむりやりつかまってきたのです。
『とにかく飛ぶよ!』
ブルムゾーンは叫んで、今度こそ飛びたちました。
クリスがたおれているのが見えます。
フランツもうつ伏せのままです。
ハシムは竜から飛び下りて、クリスに向かって走っているようです。
そして、ナミはどこにもいませんでした。
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