第4章 黒い竜が来る
第20話 いつかはどこかへ
家に帰った後も、ブルムゾーンはすこし元気がありませんでした。
とっても心配でしたけれども、声をかけてあげるくらいしかタクミにできることはありません。
(……なにもできないな、俺って)
友だちのためにできることはなんでもしたいと思いますけれど、そのできることはおどろくほど少ないのです。
そして次の日になりました。
「タクミ、ナミがこまってたら手伝ってあげてね」
「うん、わかった」
お母さんに言われて、タクミはうなづきました。
「ナミは足をひねっちゃったんだ。運動しなかったらなんともないそうだけど、気をつけてあげるんだよ」
「そうだったんだ……わかった!」
お父さんがつけ足した言葉にタクミはうなづきます。
そして、普段よりも重たいランドセルをせおって小学校へ向かいました。
中にはブルムゾーンが入っています。家に残しておくと、お母さんに見つかるかもしれないと思ったので、タクミは学校に連れていくことにしたのです。
最初の日はだれにもみつからずにすみました。ナミのほうもトラブルはなにもなかったようです。
でも……ブルムゾーンのことは、ずっとうまくいくはずがないとタクミにもわかっていました。
『ロッカーのなかは静かだったから、よく寝られたよ』
家に帰ったあと、ブルムゾーンは言いました。
『2日目だから、ちょっときつかったけどね』
「ごめんね、ほかにいいかくれ場所もなくてさ」
『うん、わかってるよ。だいじょうぶ』
ランドセルから出たブルムゾーンは体を大きく伸ばしました。
(ねえ、ブルムゾーンはいつまでここにいられるかな?)
その言葉を口に出そうとして、タクミは口を閉じました。
昨日から、なんどか聞こうと思ったことです。
子どもは大人が期待しているほど利口ではないかもしれませんが、大人が思っているよりもずっとたくさんのことを考えています。
このままずっとブルムゾーンにいてもらうことはできないと、タクミにもわかっているのです。
でも、それをはっきり聞くのは、こわくてなかなかできません。
『人間の町はさ』
「ん?」
『とっても平和だよね』
「うん、そうだね。プロキシマ・ケンタウリではね。地球では今も戦争してる国があるみたいだけど」
宇宙の町では、今のところ一度も争いごとはおきていません。
もちろん、犯罪をする人はいます。ケンカしてしまうこともあります。それに、竜による攻撃もしばしば行われます。
しかし、大きな戦争はおきていません。そもそもかんたんに戦争できるほど星と星の間の距離は近くないのです。
いずれは宇宙でも戦争がおきるだろうと先生は言っていました。竜に助けられてなんとかやっている今は、単に戦争する力がないだけなのです。
でも、なんにしても、今の宇宙は平和でした。
『じゃあ、やっぱりずっとここには住むわけにはいかないないな。僕がいるとファーブニルが来るから』
その言葉を聞いて、タクミの胸がズキンといたみました。
「……かくれてたら……平気なんじゃない?」
『ううん。あいつらは……ファーブニルとその子どもたちは、いずれ必ず見つけるよ。今ももう、さがしに来てるかもしれない』
ブルムゾーンにおそれているようすはありません。ただ、静かに事実だけを言っているのです。
いずれはここから出ていかなくてはいけない。わかっていることです。タクミもこの数日、ずっと考えていたことです。
「じゃあ、やっぱり……いずれは出てっちゃうんだね」
『うん。そうだね……』
少し考えてから、ブルムゾーンは言いました。
『……もう2、3日もしたら、出ていかなきゃ』
短いな、と、タクミは思いました。
(でも、きっと、しかたないんだろうな)
タクミはそう思いました。
「……あっ、リンドブルムの子どもたちに守ってもらうわけにはいかないの?」
タクミはふと、そう思いつきました。町に住んで、ドラグーンや竜に守ってもらえたら、ブルムゾーンは1人で逃げ回る必要もなくなるはずです。
でも、ブルムゾーンは首を横に振りました。
『守ってもらうわけにはいかないよ。僕はブルムゾーンで、リンドブルムじゃないんだ。助けてもらう理由がないもの』
ブルムゾーンは言いました。
『僕はリンドブルムみたいに、人間のために力をかしてあげることはできないんだ。だから、自分のことは、自分でしなくちゃいけないんだよ』
その言葉を聞いて、タクミはすこし考えました。胸のなかに、なにかはきだしたい言葉があるような気持ちなのです。
でも、うまく言葉にできなかったので、けっきょくタクミはあきらめました。
「ねむたくなったら、またおいでよ。ファーブニルと戦うのはムリでも、ブルムゾーンがねてるあいだ、みはってるくらいのことはできるよ」
『そうだね。そうさせてもらうかな』
タクミの提案に、ブルムゾーンがうなづきます。
また会いに来てくれるつもりがあるのだと知って、タクミはよろこびました。
だから、さっき感じた気持ちのことを、タクミは忘れてしまったのです。
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