第19話 リンドブルム記念館

 次の日、タクミはブルムゾーンといっしょに出かけました。

 といっても、ブルムゾーンに町を歩かせるわけにはいきません。

 ですから、いつも学校にせおっていっているランドセルの中に竜を入れていくことにしました。

 子犬みたいに小さなブルムゾーンの体は、空にしたランドセルに入ってもらうのにちょうどいいサイズだったのです。

 行き先はリンドブルム記念館。

 宇宙の発展に協力してくれた白い竜リンドブルムのことをみんなが忘れてしまわないないように、竜が死んだあとで作られた博物館です。

「ついたよ、ブルムゾーン」

 ランドセルのカバーが内側から持ち上がりました。竜はタクミの背後で建物をみあげているようです。

 タクミも同じく、建物をみていました。

 プロキシマ・ケンタウリの街にある建物は、つかいがってを重視してみばえは気にしていないものが多いですが、この記念館は例外の1つです。

 人間が宇宙に出るようになった時代をイメージして作られたレトロな建物です。

 はじめて見たときは変な建物だと思いましたが、今は昔の映画に出てくる建物みたいでちょっとカッコいいと思っています。

(ブルムゾーンはこの建物、どう思ってるのかな)

 タクミが心の中でかんがえたことの答えは、すぐにわかりました。

『なんだかへんな建物だね。これが人間が作ったお墓なんだ』

 竜の感覚からすると、これは変な建物のようです。

 小学校で行事でここを見学に来たことがありますが、何年生のときだったでしょうか。お父さんにたのんで、なんどかつれてきてもらったこともあります。

 今日ははじめて1人でここに来ました。

 記念館にはどの地区からもオートウェイでつながっています。歩くよりも速いスピードで、かってに動いて目的の場所まで連れて行ってくれる道路です。

 車もっと早くて便利ですけれど、免許がいらないので子どもでも使えるのです。

 入り口にあるゲートに携帯電話の画面を押し当てました。宇宙の街では、現金なんて使う人はいません。子どもでもお金を払うときは携帯電話とかカードを使います。手のひらを押しつけるだけで払える機械もありますが、まだだれでも使えるものではありません。

 中にはいると、むずかしそうな文章がついたさまざまな写真やイラストが壁にならんでいます。

 もっとも、おおくの子どもがそうするのと同じく、タクミは何回来ても文章はろくに読みません。

 でも、宇宙服を着た人たちとリンドブルムが話しあっている写真や、まっくろな竜と戦っている写真、基地建設の資材を軽々と運んでいる写真……そんな記録はなんど見てもカッコいいとおもうのです。

『これ、ぜんぶリンドブルムなんだね』

 背中のランドセルでブルムゾーンが言いました。

「そうだよ。これが見てみたかったの?」

『うん。ふつうは、竜の後継者は親の姿は見られないからね』

 親が死ぬまで生まれないのですから、とうぜんそういうことになるのだと、タクミは言われて気づきました。

「お母さんの顔を見られないのは、ちょっとさみしいね」

『だけど、君たち人間がリンドブルムのお墓を作ってくれたから、僕はこうして見ることができたよ』

 ブルムゾーンの声は、いつもとおなじくおだやかなものでした。

 でも、その言葉には静かなよろこびがこめられているように感じました。

 記念館をはしからはしまで見て、最後の部屋につきました。

 順路は上にのぼっていく形になっていますが、最後の部屋はなぜか地下にエレベータか階段で降りることになります。

 入り口には『霊廟』と書かれています。偉大な人(竜ですが)が死んだときに作られる大きなお墓のことをこう呼ぶのだそうです。

 大きな、本当に大きなケースの中に、リンドブルムの体が閉じ込められています。

 ケースの中にはなにかの液体がいっぱいに入っていて、それで形を保っているのだそうです。

『これが、リンドブルムなんだね……』

「うん。君の……お母さん、って言っていいのかな」

『それでいいよ。ねえ、もっとよく見せてくれない?』

 ブルムゾーンが言いました。

 タクミはまわりをみまわして、このフロアに人がいないことをたしかめました。

「ランドセルからは出ちゃダメだよ。どこかわからないけど、どこかにカメラがあると思うから」

 リンドブルムのケースのすぐそばまで近づいて、タクミは横を向きました。

 ほかの人にはへんなほうを向いていると思われるでしょう。でも、あんまり人もいないので、ちょっとくらいおかしなことをしても目立ちません。

 ランドセルのカバーが持ち上がりました。ブルムゾーンがリンドブルムを見つめています。

『……お母さん』

 つぶやいたブルムゾーンの言葉に、どんな思いがこめられているのでしょう。

 聞いてみたいと思いました。

 でも、聞きませんでした。それを言葉にしてはいけないような気がしたからです。

 ブルムゾーンがリンドブルムを見ている間、タクミは話しかけませんでした。

 もしお客さんがふえたらよけようとおもって入り口のほうを見ていましたが、幸いなことにしばらく開くようすはありませんでした。

『……もういいよ。行こうか、タクミ』

 そう声をかけられたのは、なん分くらいたってからだったでしょう。

 時計を見ていなかったので、タクミにはわかりませんでした。

 外に出て、降りてきたのとは別のエレベータで出口に向かいます。

 記念館のまわりは公園になっていました。

 その公園をとおって外に出ようとしたときのことです。

『……ごめん、タクミ……』

 いきなりあやまったブルムゾーンが、ランドセルから飛び出したのです。

「ブルムゾーン!?」

 タクミはあわてて竜を追いかけようとしました。

 でも、振り向いたときなにかが顔にぶつかりました。

「わっ! なんだ、これ!」

 思いきり手をふりまわして、なにかをふりはらいます。

 まっくろな色をしたなにかは、すぐにどこかへと飛び去っていきました。

「なんだったんだ? ……そんなことより!」

 今はまず、ブルムゾーンのことです。

 近くにあったしげみから竜の声が聞こえました。

 入らないように注意がきが書かれていたのがいっしゅん見えましたが、気にしているヒマはありません。

「……どうしたの、ブルムゾーン?」

 しげみのなかで、白い竜は体を丸めていました。

『ごめん……なんだか、へんな気分になったんだ。体のなかが、なんだかおかしくなったみたいな感じになっちゃって』

「だいじょうぶ……じゃないよな。お母さんのお墓を見て、いろいろショックを受けたのかも」

『うん、そうかもしれないね。悪いけど、ちょっと休ませてよ』

 タクミはうなづきます。

 すこしの間休むと、ブルムゾーンの異変はおさまりました。

 そして、休んでいるあいだに、タクミはさっきぶつかった黒いなにかのことを、すっかり忘れてしまったのでした。

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