第17話 止めに来た理由

 だれもいないリビングに、タクミはシーリンをつれて帰りました。

 つかれたようすだったので、すこし休んだほうがいいとおもったのです。

「なにか飲む? お茶かジュースがあると思うけど」

 キッチンに向かいながら、タクミは聞きました。

「うーん……あればジャスミン茶がほしい」

 シーリンの答えを聞き、ドリンクサーバーを見てみます。

 ボタンを押せば飲み物が出てくる便利な機械ですが、ストックがなければ出てきません。タクミの家に飲む人がいないので、ジャスミン茶はありませんでした。

「ごめん、お茶は緑茶か紅茶しかないみたい」

「じゃ、緑茶をお願い」

 お客さん用のカップにお茶をついで、それから自分のコップにはオレンジジュースを入れました。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 まっすぐにタクミの目を見て、シーリンはカップを受けとります。

 その顔から、タクミは目をそらしました。

 ただでさえ、ナミ以外の女の子の顔を近くで見るのははじめてなものですから、相手が苦手なシーリンとはいえちょっとてれてしまいました。

 ジュースを一口飲んでから、タクミは口を開きました。

「……フランツって、ナミのこと好きなの?」

「好きよ。やっぱり、きづいてなかったんだ。そうだろうと思ってたけど」

 タクミは考えたこともありませんでしたが、シーリンはどうやらずっと知っていたようです。

「じゃあ、なんであいつは俺にケンカを売ってきてるのさ? 変じゃない?」

「ケンカを売ってるつもりはなかったんじゃない。すくなくとも、最初はね」

 シーリンはそこで話すのを1度やめて、お茶を一口飲みました。

「フランツはただ、タクミと仲良くなって、ナミのことを紹介してもらいたかったんだと思う」

 タクミはフランツにはじめて話しかけられたときのことを思い出そうとしてみましたが、とてもそんなだったようには思えませんでした。

 ハッキリとは覚えていませんが、とつぜんケンカを売ってきたと思ったことだけはまちがいありません。

「とてもそうは思えないけどなあ……」

 シーリンがタクミのほうを見ました。

「だれかと知り合いになりたいときのやり方が、フランツとタクミでちがうのよ。なのに、フランツはバカだからそれをわかってなかったの」

 自分とフランツのことを、ずいぶんよく見ていると、タクミは思いました。

「シーリンはそれがわかってたから、俺とフランツがケンカしてたら止めに入ってくれてたの?」

「ええ。ナミにたのまれたから。フランツが自分のことを好きだって、ナミはちゃんと気づいてたからね」

 ケンカをしていたらよくシーリンか来ると思ってはいましたが、それがナミの頼みだとは思っていませんでした。

 タクミは、ただぐうぜん通りかかってはおせっかいをしているだけなのだと考えていたのです。

「……ありがとう」

「タクミのためじゃない。友だちの頼みだから」

「うん。だから、妹の頼みを聞いてくれて、ありがとう」

 つり目がちなシーリンの目が、メガネの奥で細められました。

「なら、どういたしまして」

 それは、たぶんはじめて見る、シーリンの笑顔でした。

(けっこうかわいいよな、シーリンって)

 思わずそう考えて……それがなんだかとてもはずかしくて、タクミは天井に目を向けました。

(なに考えてんだ、俺)

 シーリンはだまってお茶を飲んでいましたけれど、タクミはだまってすわっているのをいごこち悪く感じてしまいました。

「……俺が、フランツと仲良くしてればよかったのかな」

「それは、たぶんちがう。フランツのやり方がおかしかったんだから、タクミが気をつかうのはまちがってる」

「でも、そのせいでシーリンにも迷惑かけてたんだろ?」

「まちがってるのはフランツよ。仲良くしたいなら、相手のことをちゃんと見て、理解しなきゃ。変わらなきゃいけなかったのはフランツなの。それと、タクミ」

 呼びかけられて、タクミはそらしていた目をシーリンに向けました。

「私は、友だちのためになにかすることを、迷惑だとは思わない」

「……ごめん」

 シーリンはまだすこしのこっているカップをテーブルにおきます。

「そろそろ帰るわ。カップはキッチンにおいておけばいい?」

「俺がかたづけるから、そのままでいいよ」

 タクミも飲みかけのコップをテーブルにおきました。

「ありがとう。ねえ、ナミが帰ってきたら、連絡してって言っておいてくれる?」

「ああ、いいよ。もし帰ってこれなかったときは、俺が連絡するよ。だいじょうぶだと思うけど」

「おねがいね」

 立ち上がったシーリンは、なにげないようすで部屋のなかをみまわしました。

「お友だちにも、よろしくって言っておいて」

「えっ!」

 タクミは思わず、自分の部屋のほうを見てしまいました。

「……そう。タクミの部屋にいるんだ」

「たのむから、開けないでくれよ。だれにも教えないって約束してるんだ」

「安心して。そんなことしないから。でも、友だちのことかくしたいなら、気をつけたほうがいいよ。タクミはうそが苦手だから」

 玄関へ向かおうとするシーリンを送っていく前に、タクミは1度自分の部屋のほうを見ました。

「わかってるよ、そんなの」

 ブルムゾーンはまだねているのでしょうか。扉の向こうのようすは、わかりませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る