第16話 ケンカを止めに来たシーリン

 とりあえず荷物をかたづけ終わったのは、それから30分以上たってからでした。

 ただ、たくさん入ってる洗濯ものは、まとめただけでまだ洗っていません。

 おこづかいのためとはいえ、意外とたいへんな仕事でした。

 途中で1度、自分の部屋をのぞきにいきましたが、白い竜はラグの上に寝ころがったままでした。

(今のうちに、ゴミを捨ててこなくちゃな)

 ゴミのふくろを手に、タクミは玄関を開けました。

 プロキシマ・ケンタウリの住宅地にあるのは、ほとんどがアパートメントです。

 一軒家に住めるのはよほどの大金持ちだけ。タクミの家は、もちろんそうではありません。

 扉を開けると、クリーム色にぬられた廊下に出ます。

 もっとも、もうすぐ夜になる今は、窓の外はオレンジ色に染まっていました。

 暗くなる少し前は、街をてらす明かりがこの色になるのです。

 地球の空を再現したものだそうですが、なんだかもうすぐ夜だと警告されているみたいで、タクミはあまり好きではありません。

 ゴミの収集ボックスは各フロアにあります。

 タクミは通路のはしにあるボックスにゴミを投げこみました。

 そのとき、なにか黒いものがチラッと横切った気がして、タクミは窓のほうを向きました。

 でも、窓にはりついてみわたしてみても、それらしい影はもう見つかりません。

 かわりに、タクミはアパートメントの前に知った顔を見つけました。金髪の少年が立っていたのです。

(あいつ……あんなところでなにやってるんだ?)

 見ていると、フランツもタクミに気づきました。

 こちらに手まねきしてきます。

 めんどうくさいので無視しようかと思いましたが、それはそれで休み明けに学校に行ったときにめんどうくさいことになりそうです。

 しかたなく、タクミは降りていくことにしました。

 1階の出入り口から出ると、道路をはさんで向かいにおなじデザインのアパートメントが見えます。

 基地だったころのなごりで、プロキシマ・ケンタウリにはおなじ形をした建物がおおいのです。

 その前にフランツが立っていました。

 タクミを見て、すこしだけまよってから、大またで近づいてきます。

「おい。……ケガは、ないのか?」

「はあ?」

 考えてもいなかったことを聞かれて、タクミはおどろいてしまいました。

「ケガしてないのかって、聞いてるんだよ」

「見てのとおりだよ」

 ぶっきらぼうにタクミは答えます。

「それじゃ……その……」

 いつになく歯切れの悪いようすでフランツは言葉をつづけます。

「なんなんだよ、いったい」

「その……妹のほうは、どうだ? ケガとか、しなかったか?」

「はあ? なんでそんなことお前に言わなきゃいけないんだよ!」

 タクミはフランツがなにをしたいのかわからなくて、大声を出してしまいました。

「教えてくれたっていいだろうが!」

「お前には関係ないだろ!」

 道を歩いていた人たちが、なにごとかとふりかえります。でも、子どものケンカだとわかると、そのまま去っていきました。

「だいたい、なんで俺の家を知ってるんだよ! ストーカーか?」

 今どきはおなじ学校の生徒だからって、住所や連絡先を知っていたりはしません。

 ブラウンとか、よっぽど仲のいい友だちなら家にまねくこともありますが、フランツに教えるなんて考えられないことです。

「ちがう! そうじゃない、俺は……!」

 高いところにあるフランツの顔がタクミへとせまってきました。

 タクミは思わず拳をにぎって、殴りかかりそうになりました。

「やめなさい。うるさいわよ、2人とも」

 シーリンの声が聞こえたのでタクミはフランツを殴らずにすみました。

 いそいで来たらしく、シーリンはすこし息を切らしていました。

「……なんでここに?」

「フランツが……タクミの家があるブロックに……行ったってきいたから」

 ふかく呼吸して、息をととのえながらシーリンが言います。

 タクミはシーリンを家につれてきたことはありませんが、ナミにさそわれてあそびに来たことがありました。

 だから、彼女がタクミの家を知っていることはふしぎではありません。

 でも、わざわざこんなところまでケンカを止めに来たのは、ふしぎなことでした。

「フランツ。ナミが心配なのはわかるけど、聞きたいならもっとおだやかに聞きなさい。あなたはいつも乱暴すぎるのよ」

 シーリンに言われて、フランツが舌打ちをします。

「それに、帰ってきたばかりのタクミをいきなり質問ぜめにするのもよくないでしょう。今日はあきらめるべきよ」

 タクミはフランツがシーリンをどなりつけるのではないかと不安になりました。

「……わかったよ」

 でも、フランツは素直にそう言って、帰っていきました。

 大きな体が角をまがって見えなくなるまで、タクミはだまって見ていました。

「なんであいつが、ナミの心配なんてするんだろ?」

 タクミはつぶやきました。

「ナミのことが好きだからよ」

 シーリンが言いました。

「……へ?」

 言われたことの意味がよくわからなくて、タクミは思わずへんな声を出してしまいました。

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