第15話 友だちとの電話

 ブルムゾーンがねている間に、タクミはリビングに行って仕事にとりかかりました。

 お父さんとお母さんがいない間に、旅行の荷物をかたづけておいたら、おこづかいがもらえる約束なのです。

 荷物をおいてあるリビングにはいったところで、ポケットの中で音が鳴りました。

 携帯電話が鳴っているのです。

 四角い画面から、ホログラムでブラウンの名前が浮かびあがります。

「フォルス、通話」

 電話に呼びかけて、タクミはテーブルの上に電話をおきました。フォルスというのはタクミが使っている電話の会社名です。

 現代でもすでにそうなってきているように、ないしょ話をするとき以外は、電話はもう耳に当てるものではありません。

 テーブルの上においてたってちゃんと話ができます。

「タクミ、だいじょうぶ!?」

 電話がつながったとたん、今まで聞いたこともないような大きな声でブラウンが話しかけてきました。

 おどろいて、タクミはお父さんの荷物の上につんのめってしまいます。

「……いきなり大きな声出すなよ」

「船が竜におそわれたなんて聞いたら大声になるよ! なるに決まってるだろ!」

 どうやら、ブラウンはずいぶん心配してくれているようです。

「ありがとう。でも、よく知ってたね、俺がのってた船がおそわれたって」

「船が襲われたことなら、みんな知ってるよ。今までになくたくさん竜がおそってきたって、ニュースで何度も聞いてるもの」

「そっか……帰ってくるのがせいいいっぱいで、ニュースなんて見てなかったよ」

 荷物をかたづけながらタクミはブラウンと話をつづけます。

「のんきだなあ。でも、そのようすだとだいじょうぶみたいだね」

「うん。俺はだいじょうぶ。なんともないよ」

「そっか。よかったね」

 ブラウンは安心してほっと息をはきました。

「ところでさ、ドラグーンが戦ってるところ、もしかして見られたの?」

「見られなかったよ。そんな近くで戦ってたら無事じゃすまないって」

「そっか……」

 残念そうにブラウンは言いました。

「でもさ、実はすごいことがあったんだぜ。聞いてくれよ、ブラウン!」

「えっ、なになに?」

 電話の向こうでブラウンが身を乗り出しているのが目に見えるようです。

(ブルムゾーンが家にいるって言ったら、うらやましがるんだろうなあ)

 タクミはいっしゅんだけ考えました。

(……ダメダメ。約束しただろ、タクミ!)

 でも、自分にそう言い聞かせて、ブラウンに話そうと思っていたことを伝えます。

「なんと! ドラグーンと話をして、竜も見せてもらったんだぜ!」

「ええーっ! いいなあ……」

「クリスって人なんだけど、優しくていい人だったよ。あ、でも、写真はとっちゃダメだって言われたときはちょっとこわかったかな……」

「ダメなんだ。機密とかやっぱりあるんだろうなあ……」

 写真の話をしたところで、タクミは思い出しました。

「あ、悪い、ブラウン。船のお店で竜の写真を売ってるって教えてもらったのに、けっきょく買いにいけなかったよ」

「べつにいいよ。それどころじゃなかっただろ」

 優しいブラウンは、このくらいのことでおこったりはしません。

 でも、心の中ではざんねんに思っているのが、声を聞いたらわかります。

(クリスと話した内容を教えてあげたら喜んでくれるかな)

 そんな風にタクミが考えたときのことです。

 呼び出し音が聞こえてきました。

 今度はリビングにある大型のコンピュータからです。

「ブラウン、電話が来てるんだけど、俺しかいないから出なきゃ。あとでまた話そうぜ」

「うん、わかった。時間があるときに電話してくれよ」

 ホログラムが通話終了の文字に切りかわっていきます。

 タクミはそれを見ながら、いそいでコンピュータのほうへ向かいました。

「フォルス、通話モードにして!」

 お父さんやお母さんから連絡が来たのかもしれないと思っていそいだのですが、テレビ電話の機能で画面にうつったのはどちらでもありません。

 でも、タクミがよく知っている顔でした。

「シーリン。どうしたの?」

 つまらなそうな顔でこちらを見ているシーリンにタクミは話しかけました。

「こんにちは、タクミ。家にいるってことは、おそわれた船にのってたのね? だいじょうぶ?」

 問いかける声は、ブラウンとちがっておちついたものでした。

 かたづけをつづけようかとも思いましたが、さすがに画面にうつっていることを考えるとすこしやりにくいものです。

 とりあえずタクミは画面の前のイスにすわりました。

「ああ。俺はなんともないよ」

 ブラウンに答えたのとおなじように、タクミは答えたつもりでした。

「ふうん。タクミは平気なのね。それじゃ、平気じゃないのはナミ?」

「えっ……」

 シーリンに言われて、タクミは声をつまらせました。

「……うん、ナミはちょっとケガしてた」

 ちょっと考えたらわかることでした。シーリンはナミを心配して電話してきたのです。

 きっと、ナミの携帯電話がつながらないので、家のほうにかけてきたのでしょう。

「大ケガなの?」

「たいしたケガじゃないよ。穴が開いた部屋にいたから、ねんのためにちゃんと病院でしらべてもらうって言ってた」

 外に出てしまっていたことは、だれにも言っていません。話すには、ブルムゾーンのことも伝えなくてはなりませんから。

「真空の部屋にいたの!?」

 めずらしくシーリンの声がちょっと大きくなりました。

「空気はあったよ。ええと……今の船は、穴が開いてもかんたんには空気がぜんぶぬけちゃわないように作られてるからきっとだいじょうぶだって、船の人が言ってた」

 テラスから部屋につれていってもらうときに、船員にきいた説明をタクミはなんとか思い出そうとしました。

 あのときはナミとブルムゾーンのことを考えていて、よく聞いていませんでしたが、たしかそう言っていたはずです。

(ホントは船の外にいたから、部屋のなかのことは関係ないんだけどさ)

 タクミは心のなかで考えました。

(どっちにしても、ブルムゾーンが守ってくれたんだから、心配ないはずだよ)

 でも、それをシーリンに言うわけにはいかないのです。

 頭のいい彼女とちがって、タクミはあまりうそが得意ではありません。どうやってシーリンをごまかせばいいか、タクミは困ってしまいました。

「タクミ」

 シーリンに呼ばれて、タクミは画面をあらためて見ます。いつの間にか、目をそらしてしゃべっていたのです。

「……なんだよ」

「なにか、かくしごとしてない?」

 画面の向こうにいるクラスメートは、緑がかった黒い目をまっすぐこちらに向けてきていました。

「してるけど、シーリンには関係ないことだよ」

「本当に? 私はナミの友だちよ。ナミがかかわってるなら、無関係じゃない」

 テレビ電話ごしなのに、なんだかシーリンの目を見ているとなにもかも見すかされているような気持ちになってきます。

「うるさいな、もう!」

 床を思い切り踏みつけてみても、彼女はタクミから目をそらしてはくれません。

「タクミ」

「……わかった」

 シーリンをごまかすことをタクミはあきらめました。

「かくしてることはある。ナミもかかわってる」

 大きく息をすいこみます。

「でも、友だちとの約束だから話せない」

 画面の向こうで、シーリンはしばらくだまっていました。

「…………」

 タクミも、それ以上のことは言えずにいます。

「……ナミは」

 シーリンが、今までとおなじ、平淡な声を出しました。

「本当にだいじょうぶなの?」

「うん。それはだいじょうぶ。ぜったいに」

 ブルムゾーンは、ナミを守っていてくれたはずです。タクミは1度もそれをうたがったりはしませんでした。

「それならいい。じゃあね」

 画面が消えました。シーリンが電話を切ったのです。

 タクミはイスによりかかり、天井をみあげます。

 それから自分の部屋のほうを見ました。壁の向こうでは、まだ白い竜がねているはずでした。

 数分のあいだ、タクミはだまって壁を見つめていました。それから、彼は荷物をかたづけはじめました。

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